第十六話 昔話です(陸)



その日、ひらりさんの家族は土砂に埋まった。

ひらりさんだけではない。

近くに住むいくつかの世帯を飲み込んだ。


そして、生存者の1人として、ひらりさんは生き残った。

そのあとの人生は、想像することすらつらい。




神となった俺なら分かる。

神が、ひらりさんを取り込もうとしていたのだろう。


そのためにその神は、災害を起こすことをためらわなかった。

いや、その神にはためらうという概念すらもなかっただろう。


その神は、伏山の神だった方だ。


そう。

俺の前身だ。

俺は、あの神の役割を引き継ぐ形で神になった。




伏山の神は普通の山の神だった。

伏山は小さなそこらへんにあるような山で、普通に草木が生い茂り、普通に動物も住み着いていた。


やがて、伏山はなだらかで住みやすいので、集落がいくつかできた。


人が集まれば、人の感情も、人の魂のエネルギーもまた集まる。

それにより、神は豊かになるし、力を大きくする。


ただ、住みやすくはあっても、作物は得難かった。


なだらかとはいえ、平地よりは勾配がある。

水源も少ない。

土地肌は固い。

動物は減っていく。


村人は五穀豊穣を祈って、神社を建立した。


神社も依り代も、本来なら、山の神に必要がないものだ。

人間から神へ、コミュニケーションをとるために建てられたものだからだ。


しかし、神社が立てられると、そこに祈りや渇望、感情が集まる。

人の祈りは、それもまた多くのエネルギーを生み出す。


伏山の神は大きな力を持った。


神は、人間が思っているより不安定な存在だ。

俺たちのような山の神は、山と、山に住む生き物たちのエネルギーによって生きている。

山の大きさや、山がもつエネルギー、山に住む生命によって、神の力は変わる。


人間からすれば、そこに神の優劣があるのかもしれないが、神からすればただ役割が違うだけ。

ただ、その役割の変化によって、そこに住む人間が受ける恩恵は変わる。


伏山の神は人間たちに、それなりの富をもたらした。


もちろん、土地を耕したり、水源を確保したり、人間による様々な努力が実った結果だ。

しかしおそらく、だいぶ人間に寄った配慮があったのだろうと思う。


集落は村と呼ばれるくらいには、それなりに成長した。

神社もそれなりにちゃんとしたものになり、祭りも年に2度開催された。


しばらくは、村人の信心深さも続いた。


けれど、時代は変わる。

東京と交通が発達すると、人の思いも、人自身も、この山からいなくなっていった。


神社の維持には、人とお金がいる。

そのどちらもどんどんと少なくなっていき、やがて誰からも管理されない神社になった。

いわゆる廃社である。


それなら、最初の状態に戻ったように思える。

しかし伏山の神は戻れなかった。


人のエネルギーをたくさん受けていた時代を忘れられなかった。

山の神としての務めを果たしながらも、ずっと渇欲していた。

また自分を祀ってくれる存在を。


そんな中、不幸にも、何十年ぶりに訪れてしまったのが、ひらりさんだった。




「あいつって?」

ひらりさんに、そう尋ねた。

当時の人間だった俺は、そんな事情が分かるはずもない。

さっきまでいたはずの崖の上を下から眺めながら、改めて恐怖に震えた。


「私の家族と、自由を奪ったやつ」

ひらりさんも、あいつの存在がなんなのかは分かっていなかった。


ひらりさんの目が、焦点を合わず、空をさまよっていた。

くちびるも乾いていた。

哀しみを通り越しているのだと思った。


「ひらりさんの家族、亡くられたんですね」

そう尋ねた。

ひらりさんはうなずいた。


「自由って、死ぬ自由ってことですか?」

ひらりさんはうなずいた。

怒りがわいてきた。


「ひらりさん。俺はあなたを殺しません」

俺の言葉に、ひらりさんはうなづいた。

諦めたのだと思ったのだろう。


「“あいつ”を殺すことに決めました」

俺は、ひらりさんを救うことをまったく諦める気になれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る