第十話 帰還です

 みそぎ→温泉の日々を過ごしているうちに、けがれもとれてきた。

 日々と言っても3日程度だが、とても長く感じる。


「そろそろ帰ろう」

 やっぱり山が恋しい。


 鬼怒川きぬがわの神、温泉の神に挨拶して帰ることにした。




「ただいま帰りました」

 自分の山に帰る前に、たで山に挨拶しに言った。

「穢れは、マシになったようじゃな」

 蓼山の神はそう返してくれた。


「ご迷惑をおかけしました」

「本当にな」


 お目付の蓼山神にマシになったと思われたなら、もう山に戻れるだろう。

 ホッと胸をなで下ろす。


 上を見ると、地獄の釜の蓋が徐々に閉まっていくのが見えた。

 魂が吸い込まれるようにして帰って行く。


「お盆が終わるんですね」

 よく考えたら、俺の初盆ということになるな。

 いろいろあったな……。


 ここらの風習では、家のろうそくの灯を手持ち提灯にうつし、お墓まで持って行くらしい。

 

 思いを乗せて揺れる炎。

 きれいだなと思った。


 その周りで、寄り添うように魂が揺れている。

 嬉しそうに。

 名残惜しそうに。


「お盆って、不思議なシステムですよね」

「お盆だけじゃない。この世界がもう不思議じゃろう」

「たしかに」


 この世界は、ひたすら魂の生と死が繰り返される。


「何のために生まれて、何をして生きるのか」

「なんだ、その曲は」


 思わず、国民的アニメのオープニング曲を口ずさんでいた。


「人間だった時に、好きだった曲です。今も好きですが。人間だった時は、生きる意味なんてことを考えていたなあと」


「答えは出たのか?」

 そんなこと意味あるのか?ぐらいのことを言われるのかと思った。


「人それぞれだなあと思いました」

 俺がそう答えると、蓼山神は不服そうな顔をした。


「それはそうじゃろう。お前の生きる意味はなんだったのか聞きたいんじゃ」

「聞きたいんですか、そんなこと」

「それはそうじゃ」

「そうですか」


 蝶のピアスが思い浮かんだ。

 もうだいぶ前の映像のような気がした。


「想い人か」

 蓼山の神が言う。

「純粋じゃな」


 生きる意味が好きな人だなんて、純粋ピュア過ぎて馬鹿にされるだろう。


「いや、結局好きという感情も、欲の最たるものじゃないですか」

 それに、ピュアに生きられたかというと全然自信がない。


「いや、そうでもない」

 蓼山の神は笑う。

「そういう欲は、魂の働きに大切なものじゃ」


「そうですか」

 四十九日も終わってないのに無理やり帰ってきた、じいさん魂を思い出す。

 今度は逃げ出さずに魂を清められているのだろうか。


「聞かせてくれ。君が人間だった頃を。そろそろ自分の身を振り返るのも良い時期じゃろう?」

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