第六話 Gotoです
「お前は、神としての自覚があるのか?」
蓼山神≪たでやまのかみ≫は、白蛇の姿で俺をにらみつける。
「返す言葉もございません……」
ヨネさん宅から、自分の山に帰る途中に蓼山神につかまった。
激おこぷんぷん丸カムチャッカファイヤーだった。
蓼山の神の怒りに触れたのは、あの地縛霊じいさんを救うために、蓼山神の言うことを聞かなかったからだ。
どうでもいいけど、神の怒りに触れたって言うと、なんかかっこいいな。
「我の申したことを聞かなかったから怒っているのではない。言うたとおり
「穢れ、ですか」
目に見えないからか、いまいち実感がもてないんだよな。
「穢れが視えないのか」
「すみません」
「良い。人であった頃の視界に頼っているからじゃな。神力を通して
目に頼るな、ということか。
ジャンプマンガの台詞にありそう。
「やってみます」
神力と言うが、神になったことすらもしっくり来てない。
が、蓼山神がそうおっしゃるのであれば、言われたとおりやるまで。
目に力を入れず、目で捉えようとせず、うすぼんやりと全体を眺める。
どうやらこれが観るというものらしい。
そうマンガに書いてあった。
それでできたら苦労しないが……。
と思ったら、のどから触手みたいなものがうねうね生えてた。
「ぎゃあああああ!」
気持ち悪!
これ、ジブリ映画に出てきたやつじゃん!
アシタカさんに殺されちゃうやつじゃん!
「さわがしいやつじゃな……」
落ち着いた感じで蓼山神に言われる。
まあ、これ、ずっと見えてたんですもんね!
よくこんな
「すみません! でも! これ浄化して欲しいです! なる早で!」
これでは山に帰るわけにはいかない。
俺のせいで生き物たちに迷惑がかかる。
最悪、死んでしまう者もいるだろう。
それだけじゃ済まないかもしれない。
自然はひとつの世界だ。
世界が狂えば、生き物は
だから蓼山神は、俺が山に戻りきる前に俺を見つけ呼び止めたのか。
たしかに、これを持ち込もうとしてたのは、神の自覚がないと言われてもしかたがない。
「浄化は無理」
蓼山神はそう即座に否定なされた。
「無理なんですかああああ」
思わず叫んだ。
それはそうだろう。
もう山に帰れない。
そしたら神の意味がない。
→クビ(解雇)
「ファイヤアアアア(解雇)」
「さわがしいやつじゃな……」
落ち着いていらっしゃるな。
そりゃ、俺の代わりなんてたくさんいるもんね。
でも俺にとってはたった一度きりの人(神)生なんだ。
けっこう気に入っているっていうのに……。
「安心しろ。お前を解雇するつもりはない。そんな権限もないしな」
「そ、そうなんですか?」
「お前は少し神としての誇りをもて」
「誇り? どこに……?」
「我が、いや、誰もが見捨てる魂を救ったのじゃ。お前には神の素質がある」
「おぅぇ……?」
やべ、変な声出た。
急に褒められた……?
俺、初めて蓼山神に褒められた!?
「図に乗るな。一つの魂を救っても、その穢れを持ち帰ったら、多くの生き物たちが死ぬ。そうしたら意味がないどころか、大罪だ。お前は行動が軽率すぎるのじゃ」
「すみません……」
俺のことを見てくれた上での忠告。
蓼山神は、本当に俺のことを心配してくれているんだな。
マジ神だわ、この人。
いや神だったわ。
「鬼怒川に行け」
そう唐突に蓼山神がそう言う。
「鬼怒川って、あの温泉で有名な?」
「そうじゃ」
「温泉で穢れが落ちるんですか?」
「温泉じゃなくても良い。川や海には浄化作用がある。しばらく
「え? それだけでいいんですか?」
水垢離って、真冬の冷たい川に、白い服着て入るやつだよな。
今は真夏。
ただのアクティビティじゃん。
「それで全て浄化できるなら苦労はせん。あくまで一時的なものだ」
「そうですか……」
「日頃から善行を積み、功徳を重ねよ。そうすれば、その程度あれば、2、3年もすれば祓われるじゃろう」
これでも2、3年かかっちゃうのか。
もっと穢れが多かったら、どうなってしまっていたんだろう。
というか、俺の善行は山の輪廻を回していくことなんだが。
山に入れないと善行が積めなくて詰むな。
「だからさっさと鬼怒川に行けと行っておるんじゃ。穢れがおとなしくなるまで、世話になってこい」
………
……
…
というわけで、鬼怒川にgo toすることになった。
川で
鬼怒川に降り立つ。
鬼が怒る字面とはほど遠い、穏やかな流れだ。
こんなふうに優しく見える鬼怒川も、こんなに科学が発達した現代ですら氾濫して、多くの人が亡くなったんだよな。
「貴方が、伏山の神ね」
声がしたので、振り返った。
息をのんだ。
そこには天女がいた。
1000年に一度の美少女ってレベルじゃない。
一億年に一度の美少女だ(語彙力)。
「
「えぁ、うす」
男子中学生が突然女子に話しかけられたような返事をしてしまった。
「あんな小さな山のこと、よくご存じですね」
俺がそう言うと、
「当然よ。貴方の水も、妾に流れ込んでるからね」
なんか、エっっっ! 言い方がなんかエっっっっ!
「でもね、貴方の水は、そうね、とても不味いわね」
「うぐっ」
半分ゴルフ場だからな……。
すべてあの排水のせいだ。
人間め……。
まあ俺も人間だったんだけどね。
「でもね、最近水の味が豊かになってきたの。頑張ってるのね」
にこりと微笑む。
頑張ってるのね
頑張ってるのね
頑張ってるのね
この人、女神かよ……。
いや普通に女神だったわ。
「貴方、おもしろいのね~。すごく人間臭い」
「そうですか? 去年くらいまで人間でしたからね」
俺がそう答えると、鬼怒川神の雰囲気が変わった。
ような気がした。
「そうなのね。じゃあ大変ね」
鬼怒川神は変わらぬ表情でそう答えた。
気のせいだったかな。
でも、大変ってどういう意味なんだろう。
神になってから、特に大変だと思ったこともないんだけどな。
「あの、ここなら穢れが落ちると聞いて……、ここで水垢離してもいいですか?」
すっかり忘れそうになった本題を切り出す。
「もちろん、いいわよ。やっかいそうな穢れだけど、落ちるといいわね」
鬼怒川神は、にっこりとほほえんだ。
穢れが持ち込まれているのに、なんと寛容なんだろう。
「でもちょっと大変かも。今の時期は、来客が増えるから」
鬼怒川神は、川のほうを見てそう言う。
「来客?」
川をじっと見つめると、魂が水面を覆うほどに浮かんでいた。
中には、白いムカデやトカゲのようなものが、びしゃびしゃ川沿いでひしめいている。
「ひっ」
大きな石ころの裏面にびっしりひしめいていたダンゴ虫を思い出した。
「驚き方が初々しくてかわいいわね~」
かわいいと言われて、ちょっと喜んでしまっている。
そうじゃなくて。
「こ、これはなんです?」
「地獄の
地獄の釜……。
上空を見上げる。
お盆だからか、ほぼ蓋が開ききっている。
しかも、なんか増えてる。
地獄の釜が至る所に存在している。
そこからこぼれ落ちるように、魂が降りてきているのが見えた。
怖……。
ラグナロクでも始まりそう。
「帰る場所がない魂なんて、結構いるからね~。そういうの、だいたい自我をなくしているから、水場に集まりやすいの。本能的に浄化を求めているのよね。その魂を狙う
カオスじゃん……。
こんな雄大で清らかに見える川が、こんなことになっていたのか……。
こんな状況で穢れが落ちるんかな。
むしろ悪化しそうなんだが。
「んふふ。貴方が気に入ったから、特別に結界を張ってあげる。貴方、放っておくと余計に穢れをもらっちゃいそうだもんね~」
おかしそうに笑う。
そんなことないですよ、と返したいところがその通りなんだよな……。
鬼怒川神が、川に向かって手をかざす。
直径1mの光の円筒が出現した。
「あの中でゆっくり水垢離するといいよ。終わったら、そのままにして帰ってくれてだいじょうぶだからね」
「ありがとうございます」
親切だな。
俺に対して。
この魂たちも、帰る場所がないというだけで、俺と同じ水を求めている。
で、俺は神というだけで、特別待遇を受けている。
特別待遇と言えば聞こえはいいが、他の魂を押しのけているんだ。
「慈悲深いのね」
「そうですかね? 普通だと思いますけど」
これで慈悲深いなら、ヨネさんはもっと慈悲深い。
それに、じいさんの魂を知ってるからな。
この中にはじいさんのような魂もいるだろう。
そんな魂を押しのけて優遇されるのは、なんか違うなと思ってしまう。
「やっぱり、危ういね」
鬼怒川神が、じっと俺を見つめて言う。
「危うい?」
「そう言われない?」
そう言われて、蓼山神が思い浮かぶ。
人の気持ちが強すぎると。
「たとえばね、あれを見て」
指さすほうを見ると、川下りボートが川の流れで降りてくるのが見えた。
「良く、見てね。ダメよ。人の目で見ちゃ」
その通りに見ると、川から無数の手が伸びて、引きずり下ろそうとしているのが見えた。
「ひえっっ!!」
思わず叫んでしまった。
えぐい心霊写真のようだ。
いや、それよりたちが悪い。
その手はぬらぬらと動いている。
そのボートを引きずり込もうとしているように。
「ここに来る魂なんて、だいたいが自分の苦しみしか見えていない。その苦しみから逃れようと他人を巻き込むのをまったく躊躇しない。そんな魂に情けをかけて、本業をおろそかにしないようにね。貴方は多くの生命を預かっているんだから」
お盆の時期に、川や海の中に入ってはいけない。
そう教わったことがある。
霊に足を引っ張られるから、と。
「あのボードはだいじょうぶなんでしょうか。転覆して大惨事とか……」
「生身ではないし、だいじょうぶでしょう。それに、船頭さんたちは皆、この川に敬意を払ってくれている。そんな魂が、この墜ちた魂に引っ張られることはまずないわ」
そうなのか。
世の中には知らないことばかりだ。
ふと、川遊びしている親子が目に入った。
5歳くらいの男の子だろうか。
くすんだ魂が、男の子の体にまとわりついていた。
表情が読み取れないくらいに、びっしりと。
「霊に好かれやすい体質の子ね」
俺の視線の先に気づき、そう説明してくれた。
「あの子を助けちゃダメよ。神なんだから」
鬼怒川の神がそう言ったから、あの子は間違いなく死ぬのだと思った。
俺が、助けなければ、死ぬ……。
冷たいものが、体中に流れ込んでくる心地がした。
鬼怒川の神を振り返ると、じっと真顔で俺を伺い見ていた。
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