第八話 廃墟です

 みそぎ1日目は、鬼怒川神のおかげで、けがれを減らせたが、MP(メンタルポイント)もだいぶ減った。

 ヨネさん家族が無事で本当に良かった。

 鬼怒川神はマジでやりかねない。

 それを止める力が俺にはない。


「あと3日くらい通えば、支障がない程度には落とせそうね。若いっていいわね~」

 鬼怒川神が言う。

 若さは関係あるんですかね?


「せっかくだから、温泉で疲れをとってきたら? 話は通しておいてあげる」




 というわけで、鬼怒川神の勧めで温泉に来てみた。


 深い青緑が流れる鬼怒川を挟む切り立った渓谷に、その左右に白亜の温泉ホテルがそびえ立つ。

 鬼怒川の感情豊かな景観に似つかわしくない無機質なホテルは、大半が廃墟となっているようだった。


 この先を1kmくらいほど行けば、温泉の神が祀られているらしい。

 

 神になっても温泉につかりに来るとは思わなんだ。

 神でも温泉で疲れってとれるのかな。


 歩かずに飛べばいいが、こういう街並みを闊歩するのも温泉街の醍醐味だ。

 せっかく温泉に来るチャンスがきたのだから、存分に味わいたい。


 ただ、この街は温泉街の情緒はあまりないんだよな。

 ホテルが節操なく景色を覆っている。


 ここも廃墟か。

 他の廃墟に比べて、木造で、歴史を感じる。

今にも支柱が腐り落ちそうではあるが、長年気持ちを込めて使われていた思いを感じる。

 

なんとなく惹かれて覗く。

 しんと、空間が変わったのを感じる。

 時が止まったかのような。


 けれど、微かに聞こえてる

 ここで過ごした人々の息づかいが、建物に染みこんでいる。

 残像がはしゃいでる。


 目を閉じれば、当時の様子が浮かんでくるようが気さえする。

 目を開ければ、はがれた壁、ぶら下がった天井板、転がったイスなどが現実に引き戻す。


 よくよく見れば、霊がわいているな。

 青色の火の玉のようなものが、ぷかぷか上下に揺れている。

 じっと壁に貼りつているやつもいれば、点滅しているやつもいる。

 不穏な空気は感じないな。


「やべー! 神が来てる!」

「逃げろ逃げろ! 成仏されるぞ!」


 いやいや。そんな気はないが。

 ちょこまかと動き回るやつもいるな。


 元々はにぎやかな場所だったんだろう。


 廃墟は、寂しさを感じる。

 思い出が強く残っている。

 その時の楽しさがもう、戻らないものだと教えてくれる。


そろそろ行くか。


 そう思って出口に行こうとしたら、泣き声が聞こえた。


「ひっく……ひっく……」

 小さな泣き声だったが聞き覚えがある。


「ヨネさん」


 思わず、そう声を漏らした。

 ヨネさんは幼い姿をしていた。

 小学生にあがるかあがらないかくらいに見える。


 よくヨネさんだと分かったな。


 ヨネさんは顔をあげた。

 

 ヨネさんは生きているし、おそらく生き霊でもないだろう。

 間違いなく残留思念であるはずなのに、俺の声を聞き、俺を見た。


 そして、顔を伏せてまた泣き出した。


「ヨネさん、俺が見えてるの?」


 ヨネさんは、ビクッと体を震わせた。

 明らかに、俺を認識している。


 そして、怖がらせてしまっている。


「ヨネさん、大丈夫だよ。俺は伏山の神。君のことが大好きなんだ」


 俺は嬉しかった。

 ヨネさんが俺のことを認識してくれている。

 今までガラス越しに見ていたヨネさんが、同じ世界にいるような気がした。


 だから怖がらせたくないと思った。

 ヨネさんとお話をしたいと思った。


「伏山の神……?」


 泣き顔のヨネさんは顔をあげ、俺をじっとうかがい見た。

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