第三話 こいつが地縛霊です


ヨネさん(83歳)はすこぶる元気である。

今日も今日とて、この暑い中、この小さな山に詣でてくれている。


余命幾ばくもなかったあの魂が見違えるようだ。

驚異の生命力だと言って過言ではない。


これからも元気に何十年か生きそう。

 人の寿命ほど当てにならないものはないな。


 ともあれ、良かった。

 地縛霊のじいさんが成仏してしまった今、俺の知り合いはヨネさんだけ。

 あとは有象無象の畜生たち(動物や虫たち)だ。

 もう少し俺の徳が高ければ、彼らと意思疎通ができるようになるかもだが。


「今日はお菓子を置いておきますけ」

今日も依り代(石)に語りかけて、お供物(お菓子)を供えてくれる。


 来てくれるのは涙が出てくるほど嬉しいが、マジで最近暑いから、部屋で涼んでいて欲しい。

 動物どころか、草木ですらぐったりしているのに。

 南国由来の植物は元気に育っているけども。


「神さん、死んだじいさんに合わせてくれて、ありがとうよ」

 そう言って帰って行った。

 胸がしめつけられそうになった。

 また、ヨネさんは1人になってしまった。


 また人に化けて顔を出したい気持ちもある。

 でも人と関わることは、隣の山の神から止められてる。

 思いが大きい人間と関われば、それだけ山への影響も大きいから。


 いつものように、依り代(石)に移動する。

 ぼろぼろの祠。

そして、目の前に白い皿におそなえ物のお菓子。


 ん。

今日はなんだか、お供え物にエネルギーを感じる。


 いつものコンビニスイーツじゃない。

 おはぎだ。


 ふと、小豆あずきの匂いが鼻腔をついた。

 もう鼻も鼻腔もないのに。

 同時に、思い起こされた。


 人間だったころ、ばあちゃんに作ってもらったおはぎの味。

甘ったるいような、渋いような、むあっとする、鍋で煮た小豆の蒸気。

 ピラミッド状に積み上げられた、おはぎの山。

 いとこ達を奪い合うようにして食べた。


 ………。

 物思いにふけってしまった。


 これが、ヨネさんお手製おはぎの魔力か。

 まさに至高。

 今までのコンビニスイーツとは段違いだ。


いや、コンビニスイーツがダメというわけではない。

 俺は人間じゃないから、人の思いが乗っているものが美味しいというだけだ。


 それにしても、なんでおはぎだったんだろう。

 命日なのかな。旦那さんの。


「俺が死んだのは、冬だよ」

「おっわ! びっくりした!」


 一話目で天に消えていったはずの地縛霊(ヨネさんの旦那)がいた。


「成仏してクレメンス」

 手を合わせる。

「んだよ。せっかく帰ってきてきたんだから、少しくらい懐かしんでくれてもよかんべが」


 懐かしむには、すぐ過ぎる。

 まだ2話目だぞ。

 あと10話くらい挟んで欲しい。


「帰ってきてよかったんですか? せっかくヨネさんのおかげで天国にいけたっぽいのに」

「あれ? お前、お盆初めてだっけか?」

「いや、お盆くらい知ってますけど」


 でもまだ8月1日。

 お盆にはまだ2週間近くある。


「そうか、神さんがここに来たのはお盆過ぎてからだもんな」


 地縛霊が上に視線を送る。

 それにつられて、俺も視線を上に向ける。


 大きな隙間が空いていた。

 空に。

 

「え???」

 なんだあれ?

 

 空に、なぜかうっすら切れ目が入っている。

 見慣れた景色に入り込む違和感。

 ダリとかの絵にありそう。


 目をこらしてみると、隙間から魂がボトボト落ちているのが見えた。


「げええええ!? なにあれ!? 人間vs妖怪でも始まるの!? うしおととらなの!?」

「あれがいわゆる地獄のかまふただよ。お前、神さんなのに全然知らないんだな」

「地獄の釜の蓋……?」

「お盆つったら、地獄の釜の蓋が開いてご先祖が帰ってくる行事だろうが」


 そ、そうだったのか……。

 神なのに、全然霊界の知識ゼロだからな……。


 いや、そういえばばあちゃんが言ってた。


 旧暦の鬼月の朔日(7月1日。新暦だと8月上・中旬あたり)に、あの世の扉が開き始めるんだと。

 迎え盆のときに扉が開ききって、ご先祖さんがおりてくる。

 それでお墓までご先祖を迎えに行く。


 ご先祖の乗り物になるというキュウリの謎生物(馬)を作りながら、そう教わってたな。そういえば。


 こんな感じなのか……。


 絵面えづらが思ってたのと違う。

 本当にあったんだ、あの世の扉。

 

「それにしたって、だいぶ早いお帰りですね。お盆はまだ先ですよ」

「ばあさんに会いたくなってな。ちょっと早めにおりてきた」

「それって許されるんですか?」

 ちょっと会社早退してきたみたいなノリで言ってるけど。


「お盆だからよかんべ」

「そうなんですかね……?」

 適当すぎる気がするが。


「まあ、俺も1人でヒマを持てあましてたところです。神知識ゼロなんで、あの世のことを教えてくださいよ」

「ええぞ。神さんには恩もあるし、ばあさんが詣でてる神さんには、もう少し神さんらしくしてもらいたいからな」

 二つ返事で了解してくれた。


「それはならぬぞ」

 女性の声が聞こえた。

 この声には、だいぶ聞き覚えがある。


 山の音がしなくなる。

 ギターの音が一番低い弦を、一回だけ弾いたような振動がする。


 声がしたほうを振り返ると、白蛇がいた。

蓼山たでやまの神!」

 見た目は蛇だが、隣の山(蓼山)の神だ。


 この山(伏山)の神に落ち着くまで、いろいろとお世話になった神様だ。

 神としての威厳をちゃんと感じる神だ。

 山も大きい。


「こんなところまで足を運んでいただいて、こちらから伺いますのに」

 山の神は、よっぽどのことがない限り自分の山から離れたりしない。

 不在の分だけ、山の秩序が少しずつ乱れていく。


 このじいさんの存在が、よっぽどのことなんだろうか。


「この人魂と、だいぶ親しげに交わっているようじゃな」


 人と関わるなと言われていた。

 だいぶ破っている。


「それは、すみません。でも……」

「言い訳は良い。この人魂から離れろ」

 じいさん地縛霊に目を向けると、遠くへ逃げていた。


「なんで!?」

 なんで逃げる!?


「追うな!」

 強く止められた。

 物理的に体(神体)が動かなくなった。

 

「あのじいさんが、何かしたんですか?」

「あの人魂は、四十九日修行から抜け出した罪人じゃ。関わるとけがれる」

「四十九日?」


 ばあちゃんの四十九日法要と取り仕切ったから、ある程度は分かる。

 たしか、いわゆる最後の審判だ。

 仏教的に言えば、極楽か地獄に行くか裁きを受けるところ。

 閻魔様に舌を抜かれるイメージが強い。


 そんなところ、抜け出せるもんなのか。

 何者だ、あのじいさんは。


「しかし以前、あのじいさんは天に昇っていきましたよ。闇に呑まれることもなく。極楽に言ったのでは」

「それは、魂が腐り落ちるところをまぬがれただけじゃ。魂は等しく、六道(極楽や地獄など)に行く前に三途さんずに向かう」


 闇に呑まれたと思っていたのは、実のところ、崩壊だったのか。


「せっかく魂浄化の機会を得たというのに、愚かなものじゃな……」

 蓼山の神はそう言う。


 その台詞には、元人間の俺への牽制が入っているように思えた。

 “神としての分別をもて”と。


「あの人魂はどうなるんでしょうか? どこかの神や鬼が、捕まえに行ったりするんですか?」

「道を外れた魂を、神や鬼がわざわざ追うようなことはせぬ」

「では、あの魂は穢れをまき散らしながら留まり続けるんですか? それとも妖怪のたぐいになるんでしょうか?」


「それには心配に及ばぬ」

 蓼山神はそう答えた。

「あの魂は、すでに崩壊が始まっておる」

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