第三話 契約
「私は神宮日和。……貴方の本当の名前を教えて?」
地面に落ち炎に焼かれのたうち回る悪魔に、銃口を向けたまま神宮日和は一歩近づいた。
勇気を振り絞る。トリガーは引かれたまま、いつでも引き金を引ける。
頭を撃ち抜くことは出来るが、相手は人間だ。
「貴方は、元々私たちと同じで人間だったんだよね?」
炎の威力も弱まり始め、悪魔の身体も少しずつ再生を始める。
だが、悪魔は日和の言葉に耳を傾けて立ち上がることなく動きを止めた。
生きていた時のことを思い出すように、つい最近のことといえ懐かしむように。
「アア、ソウダ。オレハ元々人間ダッタ。
オレノ名前ハ、鶴見謙介。三十三歳ダッタヨ」
「貴方の望みはなに?」
「オレハ、普通ニ仕事ヲシテイタ社会人ダッタ。
ダケド、脳梗塞ニナッテ、死ンダンダ」
悪魔の身体は再生していた。
凛太郎が心配して見つめているが、日和は気づいていても、気にしない。
日和から引き寄せられる光の粒子は、徐々に強まる。
受肉を完了しかかる様子の悪魔。
もう時間も間もない。
「死ンデカラ、伊魔那美ニ出会ッタ。
再度コノ世ニ降リテ、俺ノ望ミヲ叶エタカッタ。
タッタ一ツノ願イ。……俺ハ、生マレテカラ死ヌマデ、一度モ彼女ガ出来タコトハナカッタ」
銃口を構えながら、日和は悪魔の話を聞いていた。
悪魔はさらに話を続ける。
「ダカラ、俺ハ恋愛ガシタカッタ。タッタ一度デイイカラ……俺ハ……!」
刹那。悪魔は行動を開始する。
急に立ち上がり、日和に向かって突撃し始めた。
悪魔の歩幅で四歩の距離、「ねえちゃん! いくな!」と後方で凛太郎の叫びが聞こえるが、日和は悪魔を見ている。
「ダカラ、受肉ヲシテ、一度イイカラヤリタカッタ。
オ前デイイ。オ前の精気デイイカラ、ヨコセ!」
「ねえちゃん!!」
凛太郎が叫んでも、レオや龍臣が助けに入っても、もう間に合わない。
悪魔と日和の距離は既に一メートルだった。
「ヨオオオオオコオオオオセエエエエエエエ!!」
悪魔が日和に抱きつくモーションを見せ、凛太郎たちは危機を感じる。
だが、日和は敢えて銃口を下げ、右腕を自身の顔の高さまで上げた。
––––パァン!
凛太郎は一瞬目を瞑っていた。
そして再び視界を開いた時には、あろう事か日和が悪魔の右頬を叩いた後だった。
「ア……ア……?」
悪魔も面食らって動きを止める。
先程の銃撃と比較して、身体的なダメージは皆無だ。
だが、彼の身体は動こうとしなかった。
「もう一回この世に現れて、やり残したことが彼女を作るですって……」
日和の身体は震えている。
歯を食いしばり、再度悪魔に向けて言い放った。
「そんなことで、貴方の自己満足だけど彼女ができるなんて、甘い考えしないで!」
「ア……エ……」
日和は、目に涙を浮かべながら、相手の心に刺さるように強く言う。
「恋愛はね、ときめくような出会いとか……言葉とか。
デートや思い出を重ねて愛しあっていくものなの」
日和は悪魔のことを、“一人の男”として説教する。
悪魔は直立不動でその場で立ち、彼女の顔をまじまじ見ている。
「何? 貴方は実体を手に入れて女の子を口説き落としたいわけ?
キスでもしたいわけ?
メールでもしたいわけ?
デートでも行きたいわけ?
卑猥なことでもしたいわけ?」
「オ……オレハ……」
「貴方の自己満足と欲求が先走ってるだけで、恋愛になることはない」
言い放たれた言葉の弾丸は、悪魔に深く突き刺さり、力が抜けて両膝を地につけた。
悪魔は放心状態で「ア……オレ」と項垂れるだけだった。
日和は悪魔に目線を合わせる。
彼女は悪魔と触れそうな距離まで近づいた。
自然な流れで両腕で悪魔を抱きしめた。
「ええ!!」
日和が悪魔に抱きつく。
その光景を見つめる凛太郎は驚き、言葉を失う。
突然のことに驚く悪魔は、呼吸が荒い。
びくりと肩を跳ね、変に日和を上目遣いする。
が、悪魔の唇は固く閉じてはたから見れば合わせていただけだった。
悪魔は母親以外に感じた温もりと同時に、死の前も含めて一番の絶頂の瞬間。
だが、日和の顔を見て悪魔の表情は絶望へと落とされる。
「悪魔だろうが人間だろうが、関係ない。
……もう人じゃないから貴方には温かみも何も感じられない。
ごめんね、辛いことを言って。
でも、そんな貴方が恋愛しようにも……女の子が可哀想よ」
「……ア」
草薙政子に斬られることよりも、レオに頭頂部を削られることよりも、日和に銃撃で焼かれるよりも。
目に見えぬ落雷に打たれたような一撃が悪魔に深く突き刺さり、泣きたくても涙も出なかった。
悪魔は生きていた時の、友人の結婚式に参列したことを思い出す。
お互いに愛し合う者同士が唇を重ねたことを。
悪魔は日和に言われ、自覚した。
自分が望んでいたことは、例えチャンスが訪れたとしても、それは叶わぬ願いだったと。
両腕を合わせて強く握り、悪魔は日和に懇願した。
叶わぬ願いを押し殺し、それならば目の前で抱きつかれた巫女に殺されたいと願った。
「ドウカ…ソノ手デ僕ヲ、モウ一度殺シテクダサイ」
自分の立場を理解し、叶わぬ願いを悟った悪魔は、自ら二度目の死を選ぶ。
抵抗もせず、目を閉じて、頭に銃が突きつけられたことにも動じなかった。
「ああ、どうか貴方の来世は良い人生でありますように」
願いを込めて、日和は笑顔で引き金を引く。
真紅の炎を纏い放たれた弾丸は、ほぼゼロ距離で悪魔の頭を撃ち抜いた。
痛みも感じない悪魔の顔は、笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます