第二話 太陽の神銃

 「行くぞ……草薙流結界術くさなぎりゅうけっかいじゅつ天照あまてらす!!」


 陽芽神宮の正宮の外。

 砂利で敷き詰められた地面の上で草薙政子が手に持つ大麻オオヌサが光り、波動を放出しながら周囲を照らす。


 突然の光で観光客たちは「わっ」と目が眩む。

 光の強さが一層増し、終えたと同時に観光客たちは政子の前から消えていた。


 唯一、残っていた存在が一つ。

 筋骨隆々の風貌、緑色の皮膚をした人ならざるもの。

 まさに、怪物だった。


 「ウウウウウウ!」


 怪物と目が合う政子の身体から光の粒子がゆっくりと現れ、目の前の存在に引き寄せられる。

 彼女は慣れたように気にせず、目の前の怪物を睨めつけた。

 歯を食いしばりながら野獣の如く雄叫びをあげる。


 精神を研ぎ澄ませ、彼女は昨日のことを思い出した。

 複数の悪魔と対峙して、唯一逃がしてしまった悪魔のことを。

 

 「悪魔……伊魔那美イマナミと契りを交わしたもの。

  昨日逃れた悪魔だな神器召喚。

  天叢雲剣あめのむらくものつるぎ!」


 政子の大麻オオヌサは再び輝きを放つと、剣へと姿を変えた。

 まるで刀匠に打たれたように洗練された刃。

 両腕で構えて準備は整った。

 さあ、いつでも来いと言わんばかりに。


 「お義母さん!」


 睨み合い対峙している中、正宮より眼鏡をかけた神主姿の男が政子を追って出た。


 凛太郎の父、草薙龍臣くさなぎたつおみだ。

 普段は陽芽神宮ひめじんぐうの神主として、草薙紅三郎や政子を支えている。


 彼も大麻を持ち駆けつけると、政子は彼の姿を横目で確認する。


 「龍臣くん、前の悪魔じゃ」


 「……ここで、くいとめないと、他の方への被害がすすんでしまう」

 

 「うむ。あやつ、前回よりも多くの人の精気を集めておるな。

  先程といい、前といい、女子に対する執着があるのであろう。

  逃すわけにはいかぬ! 龍臣くん、援護を!」


 「はいっ……レオ!」


 龍臣が声を張ると正宮の屋根より、尾が二つに分かれた猫が「とうっ!」という掛け声とともに、体を丸くして炎を纏いながらぐるぐる縦回転して二人の前に現れた。


 「此処で会ったが百年目……俺っち、ただいま見参だにゃ!!」


 レオは元々、龍臣が飼っていた三毛猫だが、今は彼を支える猫又ねこまたの妖怪だ。

 二足で立つレオは両の手を大胆に使い歌舞伎のポーズをとり、悪魔に向かってみえをきる。


 静寂だった領域に続々と役者が揃い始める。

 二人と一匹を見た悪魔は相好を崩し、両手の拳に力を込める。


 「後少シダ。

  ココデオ前タチカラ精気ヲ吸イ取リ、受肉ガデキソウダ」


 悪魔は不敵に笑いながら、政子たちに向けて話す。

 映画に悪役として登場しそうな姿形。

 一歩歩く度に大地が揺れる重量感を感じる。一撃でも受けると戦いに影響しそうだ。

 距離を取りながら、だが確実に仕留めなければならない。


 「目的は分からないが、そうはさせない。

  龍臣くん、レオ、来るぞ」


 「はいっ」


 「任せとけにゃ〜」


 龍臣とレオは身構え、息を飲みその時を待つ。

 睨み合う両者……先に仕掛けたのは緑色の悪魔だ。

 地を蹴り、勢いよく飛ぶ。

 政子たちを叩き潰そうと、唸り声とともに右拳を振りかぶった。


 「草薙流神剣術くさなぎりゅうしんけんじゅつ……五の型ごのかた居合抜刀・薙いあいばっとう・なぎ


 空中へ飛んだ政子は、悪魔と触れる寸前で天野叢雲を抜刀する。

 拳を避け、真横へ払うように剣を振り切り胴体を両断した。


 「オオオオオ!」


 悪魔は呻き声をあげ、地面に落ちる。めりこむように地面は崩れる。

 だが簡単には倒れない。

 下半身は粒子となって消滅するが二本の腕で地面を叩いて体を起こした。

 徐々に体は再生を始める。

 空中で政子は、矢継ぎ早にレオに指示を出した。


 「外したか、レオ!」


 「任しとけ〜。燃えろ俺っちの魂! 奥義、居火車いびしゃ!」

 

 レオは二本の尾の先端に炎を灯し、弾丸の如くぐるぐると前方回転しながら悪魔に突撃した。

 速く、強く。

 一直線に放たれた炎の弾丸は悪魔の頭に向かう。

 

 「これでもくらえ!」


 だが悪魔は両腕をL字に使い頭を防御体制に入る。

 レオの居火車が直撃し、防御をこじ開けようとするが固くて先に進めない。

 両断された悪魔の下半身は再生した。

 奇妙な音や光とともに領域内で実体を持つ下半身が再生された。

 そして力を完全に取り戻すレオを振り払った。

 鳴き声をあげて正宮まで弾き飛ばされる。


 「にゃああああああああああ!」


 「レオ!」


 「龍臣くん、レオを」


 「は、はい」

  

 政子は剣を振りかぶり、悪魔の真後ろから頭を目掛けて振り下ろす。

 地面でゴロゴロと回転しながら悪魔は攻撃を避け、立ち上がる。

 政子は悪魔が立ち上がったところを間髪入れず、斬撃を入れる。

 一撃、二撃と剣を振り、悪魔の右・左と腕を切り落とす。


 「アアア!」


 「草薙流神剣術、一の型いちのかた陽突ひとつ


 呻く悪魔にトドメを刺すべく、政子の突き技が悪魔を襲う。

 が、悪魔も寸前で避け、左肩を貫いた。

 致命傷を負うぐらいなばと機転をきかせた。


 「しまった」


 「モウ遅イ!」


 政子が気付くのも束の間。

 切り落とされた右腕は既に再生し、悪魔は政子のみぞおちを目掛けて力の限り右腕を振り切った。


 「ぐはっ」


 その衝撃で太刀は悪魔の肩から引き抜かれた。

 やがて、左腕も再生する。

 政子は空中に飛ばされ、やがて地に落ちた。

 彼女が落下した場所は地割れのようにひびが入る。


 「お義母さん!」


 「ばあちゃん!」


 レオもあちこち傷だらけだが、尻尾の炎は消えていない。

 正宮より戻る龍臣とレオは、政子の元へ駆け寄った。

 だが歴戦の猛者、草薙政子は倒れない。

 今も生命エネルギーは解放されているが、再び立ち上がった。


 「天照様の領域じゃなければ死んどるわい。

  あの悪魔め、生きとる時は老人を大切にせんかったんか」


 だが、政子には悔しがる余裕はない。

 悪魔は左肩の傷が再生されたことを確認すると、不敵な笑みを浮かべた。

 負けてはいられない。

 政子がカッと目を開き、気持ちを奮い立たせた。

 レオも「にゃああ!」と歯を食いしばり、闘志を燃やす。

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