第二話 終わりの始まり②

「凛太郎君? 初めまして! 神宮日和かなみや ひよりです。

 今日はアルバイトの面接に来ました、よろしくお願いします」


 近い距離。

 頭を下げられ、匂う。

 いい匂い。


 特別家族や知り合い、友人が悪い匂いではない。

 目の前で名乗った神宮日和が別格だ。

 香水? フェロモン? 凛太郎には分からない。

 体が、彼の脳内が好み、うっとりしている。

 一瞬思考が固まったが、すぐに解凍して我に帰った。


 「……はい! よろしくお願いします!」


 彼が面接官ではない。

 陽芽神宮で一番偉いのは祖父である草薙紅三郎であるが、面接等は妻であり凛太郎の祖母の政子が担う。

 

 だが、日和に言われておうむ返しのように返事をした。

 脳と心が一致せず、丁寧に話すつもりだが、箒で陽芽神宮を指していた。


 「面接の場所は正宮の近くの、草薙様のご自宅ですね? では向かいます」


 「あ、そうです! ついてきてください!」


 「え、いいんですか? ……いや、なんでもないです。お願いします」


 日和はこの時焦っていた。

 余計なことを言ってしまったのではないかと。

 だが、目の前の凛太郎はそのことに気が付かず、歩行の仕方も右手右足、左手左足と緊張感が漂う。


 ホッとした日和は案内人となった凛太郎の後ろを歩く。

 坊主頭の後頭部しか見えないが、ふと彼の顔を何度も頭の中で再生しながら。


 凛太郎と日和が出会った参道から自宅までは五分もかからない。

 その道中で日和は凛太郎に声かける。


 「凛太郎君は若いのに一生懸命お手伝いしてて偉いね」


 「べ……別に、そんなことねーよ。だって、跡取りだもん」


 「そうなんだ。将来は神主になりたい?」


 「お、俺? う……まあ、跡取りだから」


 「そっかー。……でも、やっぱり偉いね」


 「だから偉くなんかないよ。普通だよ! 普通。

  多分他の神社でも俺みたい跡取りの子はいっぱいいるよ」


 先程までの丁寧な口調はどこへやら。

 目を合わせなくなった途端に彼の口調はいつも通りに戻るが、どこか硬い。

 緊張の糸は張り詰めたまま、初対面の異性に緊張する。

 

 アルバイトの高校生の前でも似たような現象に陥る彼は、先程まで期待と好奇心に胸を弾ませていたが、直視したと同時に威勢は消失していた。


 「跡取りかー。今は何歳?」


 「十二。来月から中学生」


 「……そっか。勉強大変になるよ」


 「みんなもそう言ってる。でも俺は勉強嫌いじゃないよ」


 「偉いね。私は勉強嫌いだったなー」


 「やっぱり面倒くさいからなの? 

  普通に勉強できるっていいことだと思うし、目指したいものがあると頑張れると思うけど」


 凛太郎はついムキになってしまった。

 いつものことだ。

 先日も彼は命のやり取りをした。

 神殺しの悪魔達と対峙し、死闘を繰り広げた。

 先祖は短命が多く、運よく祖父母も七十を越えて生きるが、その時がきてもおかしくはない。


 普通がいい、普通の人生がいい。

 こんな家に生まれたくなかった。

 そう思うと学校の勉強は大好きだった。夢中になれる。


 いつか神々の代行者としての使命が終わり、神主の仕事をしながらでも、何か別の仕事ができれば。

 だからこそ、悪気はないのだが日和の「勉強が嫌いだった」という言葉を真剣に返答してしまう。


 「なんで勉強嫌いだったの?」


 「早く大人になりたかったから……かな」


 「仕事がしたかったから? 巫女の仕事を?」


 「そうなんだ。神様にお仕えしたいから」


 「……そうなんだ」


 「変? 悪いかな?」


 「いや! そんなことないよ!」


 「ありがとう」


 「ああ! なんか俺、悪いこと言っちゃったかなあ。

  ……何でもないんだよ! 悪いことじゃないんだよ!」


 自分から聞いておいて、否定はできなかった。

 日和とは顔を合わさず移動していたが、声音は挨拶をした時よりも鋭かった。


 雲で隠れていた太陽の光がダイレクトに突き刺さるよう明るさも兼ね備えて。

 さらに神様に仕えたいという願いも馬鹿にできない。


 自分自身の家計は代々続く家系だ。

 悪魔を祓うことについては常識と異なるが、それを除けば悪い仕事ではない。


 珍しいとは思った。

 だが日和に最後は語尾を強めて「違う、悪い仕事じゃない」という意味で否定した。


 「ありがとう。凛太郎君に変って言われないか心配だったんだ」

 

 「言わないよ! 言うわけないじゃん」


 「そう」


 「本当だよ!」


 余計なことを言ってしまったか、反省する。

 日和も悪いつもりで言っていないが、相手が年下とはいえ本音がつい出てしまった。


 胸に手を当てて撫で下ろす。その様を凛太郎は見ていない。


 だが、振り向きにくかった。

 「もうちょっとで家です」と話を無理やり変えようとしていた。

 歓喜から絶望へのジェットコースターに乗車する彼の心境は早く終わってくれ、だった。


 「お〜い! 凛太郎!」


 そこに救世主が現れた。

 少し離れた所から聴き慣れた声、向くと見慣れた顔。

 幼少より何度も話し、同じ中学校へも通うことになる幼馴染だった。


 「ひーちゃん!」


 髪を後ろでポニーテールにした少女は手をふっていた。

 決して走るわけではないが彼の元へと歩く。


 時々遊びに来る彼女の心理を、凛太郎は理解していない。

 最近では「めんどくさい」とさえ思っていたが、今は「都合がいい」と思われようだ。

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