第一話 終わりの始まり
由緒ある神社として名高い陽芽神宮。
天照を祀り、神主や巫女が仕える神社。
代々、草薙家が跡を継ぐ。
気づかぬ所では神殺しの悪魔達から命を狙われるが一般人はそれを知らない。
神々の異能力を持たない彼らは、天照の結界に入れない。
先祖が記し続けた伝承によると、神主達の大麻を誤って触っていた等でその時だけ結界内へと入ってしまう事例もあったそうだが、その際には結界術の一つで記憶を消去して現実世界へと戻す仕事もあったそうだ。
幸いにも、草薙凛太郎がこの世に生を受けてからは類似の例に遭遇したことはない。
草薙家以外にも、近辺で暮らす学生等がアルバイトで巫女として勤務することはあるが、今のところは全員無事のようだ。
「よいしょっ! こんなもんかな」
陽芽神宮の正宮裏には草薙家が存在するが、その隣に建てられた別邸がある。
最近では珍しくなったが、かつては住み込みで巫女のアルバイトをする職員もいた。
凛太郎も幼稚園時代には一人いた程度だが、今日から新しくアルバイトをしたいという女性が現れたそうだ。
面接の後、よければ採用。
ダメならその人は観光をして帰宅するという。
祖母の政子は、「まあ、どんな人か見てから」と相手が軽い気持ちで来るのではないかと当初は予想するが、本当に良ければ別邸を貸し出すことにした。
最近ではアルバイトの人数も減り、困っていたことは事実。
職員は皆自宅から近く巫女の装束を着替えて神社に通勤する為、ほとんど物置として使用されていた。
凛太郎は政子に言われて、荷物を収納してある段ボールを自宅へと運ぶ。
白と浅葱色の神主の姿、身長百五十センチメートルと小さな体で忙しなく働いた。
先日に小学校の卒業式を終えて三月二十二日。
課題も終わってはいないが、それを今はやらなくていいという後回しの精神が体を動かし変にやる気にさせた。
別邸にはトイレも浴室も洗濯機もある充実ぶり。
とりあえず住めるようなスペースは確保され、窓を開けて掃除機をかける。
普段から芽衣や政子に教えられていることが、しっかりと実施できている。
「終わり!」
掃除機を片付けた凛太郎は、今度は箒を手に持ち石畳で出来た参道の掃き掃除。これも慣れた手つきだった。
顔馴染みの一般人からは「凛太郎君偉いね」と褒められ良い気分だ。
それよりも彼を動かす理由は他にあった。
それは住み込みでアルバイトに来るという女性のことだった。
なんでも、日本人だが産まれてすぐに両親の仕事の都合で日本と外国を行き来して暮らしていたという。
最後に日本の高校を卒業した後、巫女になりたいと強く志望し今回の面接を受けるそうだ。
ずっとこの町で暮らし神殺しの悪魔と戦う凛太郎にとって、普通でありつつ自分とは違った珍しい人生を送る女性に憧れた。
通常の人生を送れなくとも、異国のことや自分とは違うであろう人生観と価値観を学び、話している間は他の人間のように現実的でありたいと天照の加護を受ける神々の代行者・草薙凛太郎は願っていた。
「誰だろう、いつ来るのかな?」
時期的なこともあり、陽芽神宮は人でごった返している。
キャリーバッグを持っている人も少なからずいたので、あれじゃないかな––––期待は膨らむばかり。
待ち構える心と連動するように箒の手は止まる。
いかんいかん、また婆ちゃんに怒られるぞ、凛太郎は自分に言い聞かせて箒で掃除をするフリをする。
すると、掃除のフリをしていた凛太郎の手が止まった。
鳥居を潜り彼が掃除をする参道を歩く一人の女性。
キャリーバッグを引き小さな鞄を肩にかけていた。
膝まで伸びるロングカーディガンと、まだ肌寒い外に適したワッフルパンツ。
旅行にもちょっとした外出双方に使用できそうな比較的カジュアルな服装だ。
それ以上に凛太郎の目には女性の周りから放たれる温かみのある雰囲気に呑まれそうだった。
機械なのか? 知らないだけで熱が発生される体質なのか?
通常ありえないことだが、触れていないのに目があっただけで温もりを感じられる。それはまるで太陽のようだった。
「僕は……陽芽神宮の子ども?」
凛太郎と目が合うと、女性は彼に目線を合わせるように少し屈む。
百六十はない身長だが、それまで凛太郎は彼女の首から下に目線が行き、一度目を逸らしていた。
追い討ちの如く顔を近づけられる。
––––だめだ! お客様かもしれない、失礼なことをすれば婆ちゃんに怒られる!––––
言い聞かせて凛太郎は垂れそうな鼻血を堪えながら女性に挨拶した。
「お、俺は! ……じゃなかった。僕は草薙凛太郎です!」
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