プロローグ 神々の代行者②

 だが、数多の戦いの中でも倒せず散っていく先祖達の戦いの記録、伝承を読み解くと驚愕の事実が記されている。


 伊魔那美と契りを交わす悪魔達の姿が、時代を重ねる毎に異形の者へと変化しつつあることを。


 始まりは愛する男を奪われた嫉妬と妬み、恨みや後悔といった感情が複雑に入り混じり神殺しの神へと覚醒させた。


 彼女と近い意志を持った人間が天界へと昇る直前、彼女の異能力で姿を変えて現実世界にとどまる。姿形を脳内で想像し、それを力に変える。


 伊邪那岐と伊邪那美を滅ぼせ。

 二人がいないのならば、その子ども達を滅ぼせ。


 天照を筆頭に神々との争い。

 かつては大蛇となった悪魔も存在した。


 だが令和にった今では、かつて夢見た英雄の姿に変える者もおり、強さも増している。

 

 「運夜もそうだが、他の神社でも戦いは激しさを増すばかり。

 いつまでも未来ある子らにまで戦いを残すわけにはいかない。

 一刻も早く伊魔那美を天へと送らねば……」


 唇を噛み悔しむ政子。

 齢を七十過ぎて戦場に立てているのは現役にして高齢な部類、過去では奇跡に近いとさえ言われた。

 

 だからこそ、孫の代まで辛い思いをさせまいと命を賭けて剣を振った。


 今回の戦いは終わった。

 現実世界へと戻れば陽芽神宮を訪れる観光客達で賑わう極日常的な光景が広がるのだろう。


 そして自分達は持ち場に戻り、神社に仕える仕事に戻る。

 体力の疲弊や負傷は現実世界まで持ち越されないが、精神を壊した神主や巫女も過去には多数存在する。


 神器を大麻へと戻して現実世界へと戻ろうとした時だった。

 距離、五メートル。

 突如出現した闇のオーラを纏う漆黒の門。

 瞬時に警戒心を強めた三人は身構える。


 中から現れたのは上下黒の装束や袴。

 所々に赤いライン。

 薄く淡い色の半衿に、胡蝶蘭の髪飾り。

 扇で仰ぎながら姿を見せ、扉を越えた。


 刹那。芽依と政子は剣を手にして駆け抜ける。

 親子の絶妙なコンビネーション。

 相手の攻撃範囲を散らす意味合いで直進と左翼からの挟撃。

 二人の様子を見て扇を薙ぎ続け、先端より鋼鉄製の棘を発射し続ける。

 約百二十度の敵を一掃する相手の技に芽衣と政子は声を揃えて術を発動する。


 「魔術、神棘の舞!」


 「「草薙流神剣術、三の型、太陽風たいようかぜ!!」」


 自分の体の後方から上空へ向けて風を纏いながら剣を振り切り、遠隔より放たれた相手の術を上空へと吹き飛ばす。


 磁石の如く引きつけられた棘はまとめて空へ飛ばされて弾け飛んだ。


 オーロラのような輝きが術者達を優しく見守った後、攻撃を仕掛けた神殺しの神は口を開ける。


 「陽芽神宮の皆様、お久しぶりですね」


 「伊魔那美!」


 今すぐにでも剣を顔に向けて突き刺したい芽衣は、冷静になった。


 政子の心配は不要だが、後ろには凛太郎がいる。

 迂闊に動けば例え天照の結界内とはいえ痛い思いをさせる。

 剣を構えたまま、息子に背中を見せるように立ち塞がる。


 「突然驚かせてしまい申し訳ございません。

  歴戦の猛者の皆様に失礼のないように棘のお届けものをしましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?」


 「菓子折りの方が喜ばれると思うよ。

  どんな異名を持とうが神様なんだからそれくらい覚えておいた方がいい」


 「これはこれは、陽芽神宮の巫女である草薙芽衣。

  失礼しました。そういえば現代では食べ物の方が喜ばれるのですね」


 「そんなことだから男奪われたんだと思いますよ? 

  単純で頭悪いんじゃないですか?」


 「苛立つような発言は辞めていただけます? 

  神とはいえ、もう過去のことですから。

  それよりも敵同士とはいえ、私のことを心配してくださるんですね」


 「それは当然。女同士ですから。

  例え娘の命を奪った張本人だったとしても」


 凛太郎には見せなないが、目を充血させて。

 怒りを混ぜた彼女の言葉。だが、伊魔那美には響かない。

 これまで奪ってきた命の一つだと認識した彼女は、本来の目的を告げる。


 「今日は戦う為に来たわけではありません。

  実は、近々大規模な戦争を各作中でして、今は各地の神社へと届けている最中です。

  その招待状代わりに参りました」


 宣戦布告だった。

 彼女が同様の手段を使うことは珍しくはない。

 

 一般人から生命エネルギーを集めるよりも、神々の代行者から直接戦闘をする方が効率が良い。

 手薄の神社を襲撃する可能性も当然あり、一石二鳥のやり方だ。


 「場所は、運夜はこやの方々のいる竹頭たけとう神社周辺とします。

  そこに三十の神殺しの悪魔が集結します。

  時期は、明後日としましょう。

  私も楽しみにしてますので、ご参加お待ちしております」


 要件を伝えた伊魔那美は満足したのか、再び狭間の世界へと繋がる門を開いた。

 「さよなら」とだけ伝えて彼女は去っていく。

 待って! 芽衣は地を蹴り去り行く彼女に向かって剣を向けて術を発動した。


 「草薙流神剣術、一の型、陽突ひとつ!」


 紅蓮を纏った突き技を放つが、間に合わなかった。

 潜り抜けた後、門は閉じ消滅する。

 空を切った斬撃は勢いあまって大地を抉る。

 取り乱しかけたところで芽衣は政子と、凛太郎の顔を見て正気に戻るが、後悔ばかりが残った。




 ◆◆◆



 神々の代行者達による連携は欠かせない。

 古より続く戦いの中で、時には仲違いをした時期もあったが今では良好の関係を保っている。

 人員が危うくなる時や、大規模戦争が勃発する時には各々より応援を出し合い協力をする。

 旅支度を済ませた凛太郎の母親、芽依は玄関で見送られた。

 

 「しばらく留守にするから。お母さん、貴方も。凛太郎達をお願いね」


 「すまんな。ここは私が守るから安心しなさい」


 「芽衣も気をつけて。凛太郎もお義父さんのことも僕とレオで協力して守るからね」


 伊魔那美の再襲撃も心配される。

 父親の草薙紅三郎こうざぶろうは腰を痛めて今は戦力的に不安視された。


 だが神々の代行者達が守る各地の神社へと竹頭神社襲撃の知らせが入り陽芽神宮も代表して芽衣が向かわなければいけない。

 彼女は、政子と旦那の草薙龍臣たつおみに留守を任せて玄関を出る。

 外へ出た彼女は駅へ向かう前に、近くに立てられた草薙家の墓地へと向かった。


 先祖が眠る。

 そのほとんどが神々の代行者として使命を全うし命を燃やした。

 今回の戦争に向かう前の報告。

 必勝祈願。

 天照の加護ではないが先祖が繋いだおかげで産まれた凛太郎も来月から中学生になることも重ねて。

 ここに来るときは最後に忘れない声かけも。


 「行ってくるね。陽葵ひなた


 若干六歳で伊魔那美と戦い、壮絶な最後を遂げた娘。

 安らかに眠る彼女に別れの言葉を告げた後、後から不安な顔で追いかける凛太郎の頭を撫でて彼女は戦地へと赴く。

 彼女を雲一つない晴空が見送って。


 電車に揺られて運夜の神々の代行者達の元へと芽依が急ぐ最中。

 陽芽神宮では普段通り一般人の前で姿を見せなければならない。

 戦争のことは一度忘れて神主と巫女のそれぞれの仕事がある。

 紅三郎はぎっくり腰の為、本日は休みだが政子や龍臣は大忙しだ。


 凛太郎も春休み期間中とはいえ、家の手伝いがある。

 箒を持って参道の掃除をするのが彼の主な役割だが、今日は別の仕事を政子から受けた。


 「え? 住み込みバイトの面接?」


 「面接の後、よければ勤務が始まる。別邸の掃除を凛太郎に任せた」


 「あ、うん。分かったよ」


 素直に凛太郎は政子の言うことを聞いた。

 箒を一度片付け後、彼は別邸へと向かい掃除を始めるのだ。

 どんな人が来るかは分からないが、高校を卒業して間近の女性だということは聞いている。


 「どんな人かなー。やべ! 急がないと!」


 現実に戻り、普通に暮らすことを凛太郎は願う。


 ––––これは、神々より悪魔祓いを託された者たちの戦争の物語。

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