神々の代行者ー古から現代まで続いた日本神話の代理戦争ー

名浪福斗

プロローグ 神々の代行者

 「草薙流神剣術くさなぎりゅうしんけんじゅつ、二の型、紅炎斬りこうえんぎり!」


 斬! 手に汗握る攻防。間髪入れない技の応酬。


 神殺しの神、伊魔那美いまなみと契りを交わした悪魔との命のやり取り。

 どちらが敗れてもおかしくなかった。


 手に持つ天叢雲剣の刀身が深紅の炎を纏う。

 天を向いた神器の刃は眼前の悪魔の頭を振り抜き切り捨てた。


 心臓を持たないとはいえ、指揮系統の役割を果たし、さらに悪魔としての姿、使命を焼き付けた脳に致命傷を受けて体の機能は完全に停止する。


 一度は絶命しながらも現世にとどまった人間には傷口より血も噴き出ない。


 本来の姿を失い自分がイメージした姿に変えた道化師のような悪魔。


 対峙した術者とまともに会話ができず獣のような雄叫び声、イメージが弱いか脆弱な精神が障害を与えたのか。


 兎に角、断末魔の叫びが術者の耳に届く。


 術者の心は“人”を殺し胸を痛めるが、それに堪えながら、息絶え天へと昇る悪魔の姿を見つめた。


 ––––生まれ変わったら、来世ではしっかり生きるのよ。


 肩の力が抜け、殺した悪魔の将来を案じる巫女の草薙芽依くさなぎ めいから母性のような温かみを感じられる。


 天照の加護、神々より術者へ託された異能力の一つである再生の力により、道化師の悪魔の攻撃で欠損した芽依の左腕は再生した。


 一度握って感触を確かめる。彼女から絶えず放出していたはずの生命エネルギーは、もう発生していない。


 だが安堵する余裕はない。他にいた別の悪魔はどうなったのだろうか、他の術者によって祓われたのか。


 現実世界と寸分違わず、だが異質な晴れた空や神聖な神社の鳥居の前で彼女は周囲の警戒を怠らない。


 乾いた喉が戦いの疲労を物語る。芽依は元いた陽芽神宮ひめじんぐうへと剣と共に駆ける。


 石畳で出来た参道を駆け抜け、陽芽神宮の正宮の外へと辿り着いた。


 石階段の前で芽依と同じ剣を持った老婆と、大麻を両手に握る坊主頭の少年が疲労困憊の様子で休んでいた。二人と会えたことに安心した。


 「お母さん! 凛太郎!」


 陽芽神宮に仕える巫女であり天照の加護を受け継ぐ母親、草薙政子まさこ


 神器召喚は成し遂げていないが同じ血統により神主の跡取りとなる我が子、草薙凛太郎りんたろう。二人からも生命エネルギーは放出されない。


 「母ちゃん!」


 「芽依! 無事だったか」


 僅かに離れた時間。

 再開した家族。

 抱き合う等とはいかないが、三人は顔を合わせる。


 だが再開して間もない会話は、「他の悪魔は祓われた?」と芽依が言う。


 敵は五人。味方は五人と一匹だが一人は現実世界で腰を痛め、加護の中まで引き継げない痛みでほぼ戦力外だった。


 開戦直後に芽依と政子が一人ずつ祓った後、二手に別れての戦争が繰り広げられた。


 そして芽依が紅炎斬りで三人目を祓う。残る二体は––––。


 「一人は祓い、一人には逃げられてしまった」


 「そんな……」


 悪魔の一人の肉体は完成されつつあった。


 一抹の不安を抱えたまま、味方に託して道化師の悪魔を追ったが、間に合わなかった。


 正宮内で元より負傷していた術者を介抱する一人と一匹。政子と凛太郎は芽依の帰りを待っていた。


 神殺しの神、伊魔那美。彼女の能力で現世に残り、やり残したことをすべく芽依や凛太郎達神々の代行者の命を狙う。


 現実世界より切り離された天照の結界内で悪魔と対峙した術者は、現実世界と同じだけ進む時間の寿命を悪魔に吸収されながら戦う。


 本来生きるはずだった寿命を悪魔に奪われ、反対に悪魔は一時間分の生命エネルギーを体内へと変換して僅か一分だけ現実世界へと戻るために戦う。


 恨みや復讐か、或いは懺悔か。


 また救えなかった。祓えなかったと悔しさが表情に現れた。


 芽依は怒りに任せて剣を振り回し彼方へと斬撃を飛ばした。


 牙の如く歯を剥き出しにしながら放たれた斬撃は、結界内とはいえ現実世界と酷似した木々を切り倒し直進していった。


 「母ちゃん……」


 「っ! ……あ、ごめんね凛太郎。無事でよかった」


 愛する我が子の心配そうな眼差しで芽依は我に帰った。


 天叢雲剣を大麻へと変換し、ようやく脱力して階段に腰掛ける彼の隣に座る。頭を撫でて抱き寄せた。––––何でもないの。耳元で優しく囁いて。


 「母ちゃん、この戦いは怖いよ。

  先月には親戚の婆ちゃんも死んじゃったし。

  会ったことはないけど俺の姉ちゃんも子どもなのに死んじゃったんだろ。

  ねえ? いつ終わるの? 

  なんで俺は神様から選ばれたの? こんな力を持ってるの?」


 「凛太郎……」


 「こんなことなら生まれてこなければよかったよ」


 腹を痛めて産んだ我が子に言われて芽依は胸を痛める。

 

 だが、凛太郎の言い分も理解できる。齢は十二。

 来月から中学生になる子ども。


 周りは最新のゲーム機やアイドルの話題で盛り上がる。

 テストの点数が悪いから叱られる、親や先生が嫌い。

 彼にとってその話題が出来るだけで羨ましい。


 神々の代行者としてこの世に生を受け、その宿命を背負う。

 神殺しの神、伊魔那美を討伐するその日まで古より現代まで続く日本神話の代理戦争は一生続く。


 本音でぶつかるからこそ、芽依も政子も叱れなかった。


 当然だ。天照の血を特に色濃く受け継ぎ陽芽神宮の跡取りとして凛太郎が生まれなかったら、遺伝子レベルで別の存在だったとしても彼は他の子どもたちと同様に青春を送れた。


 奪ったというと相違はあるが、通常の人生を送れないことは事実だ。 

 

 陽芽神宮を離れたとしても全国に潜む悪魔が、微量ながら狭間の世界を通じて一般人より生命エネルギーを奪い始めたら。


 神々の代行者達と半ば同盟関係にある妖怪達と悪魔が戦争を始めたら。


 仮に無視しようとしても術者による結界術の発動により、凛太郎は忽ち現実世界から切り離されて戦場に立たなくてはならない。


 「……大丈夫よ、凛太郎。お母さん達に任せて。いつかはこの戦争も終わるから」


 芽依の言葉に政子も同意する。戦いを終結させる為には敵の総大将を討伐するしかない。

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