第六話 ファンファーレ
月光がとても綺麗な夜だった。
凛太郎は駆ける。
天照の結界内を全速力で。
ある場所へと。
後ろからは美奈も追ってくるが、それを確認すると、さらにギアを一段上げる。
建物の壁を垂直に掛け上り、屋根の上を飛び越える。
それでも美奈はドレスを気にしながら彼を追った。
五分もかからず、凛太郎は目的の場所まで辿り着く。
美奈がさらに追ってくるのを見て、また彼は駆けた。
辿り着いた目的地を見て、さらに場所を移動する。全速力。
「ココハ……」
駆ける凛太郎の背中を見ながら、彼女は校門に立てかけられた札に注目した。
“陽芽中学校”。
それは、もしも生きていたら自分が通うことになっていた場所。
冷やかしか冗談かと思案するが、凛太郎にかぎってそれは出来ないだろうと落ち着き、逆に疑問に思う。
「何ヲ考エテイルンダ?」
首を傾げる彼女は、尚も垂直に校舎の壁を駆け抜ける凛太郎を目で追った。
先程までは凛太郎から放たれる生命エネルギーを頼りに移動していたが、これならば視認すれば分かる。
「姿ガ、バレバレジャン。本当ニ馬鹿ダナア」
嘲笑うのも束の間、美奈も凛太郎を追って校庭を駆け抜け、同じように屋上まで向かった。
そこには凛太郎が大麻を構えて一人待ち構える。
息を切らしながら、美奈の到着を待っていた。
彼と距離を取り、マイクを持つ美奈の手は口元まで近づく。
「リンタロウ、ナゼココニ? 私ヲ馬鹿にシテイルノ?」
悪魔といえど、美奈の顔は真剣そのもの。生きていた時と同じように、感情が凛太郎に伝わる。
やっぱり冷やかしなのか、と彼を疑った。
––––そうじゃない! ––––。
一度大きく息を吐いた凛太郎は、覚悟を決めて言い放つ。
「ひーちゃん……俺はひーちゃんのこと、馬鹿になんかしてないよ。
夢を追う人は、大好きだよ。
だけど……ひーちゃんは死んじゃってるんだ。
もう夢は追えないんだ。
だから、ひーちゃんの夢は叶わない。
俺も神主の跡取りになるから、その夢は叶えられない。
でもね、その夢を覚えていることはできるから。
だから、忘れないよ。
俺はここへ通うけど、年を重ねても、ひーちゃんの分までここで育つよ」
絶対に彼女を助ける。
幼馴染として、凛太郎が必ず彼女を救い殺すと覚悟を決めた。
「……神器召喚!」
手に持つ
鞘から刀身を抜くと、月光が反射し鏡のように凛太郎の顔が写るぐらい洗練された刃だった。
「
ソレデ頭ヲ切リ裂カレルト私ノ願イハ叶ワナイ。
容赦ハシナイ……イクヨ、リンタロウ!」
純白のドレスに身を包み、煌びやかなマイクを持つ姿はまさに––––歌姫。
美奈はこの屋上を自分のステージだと思い込みテンションが上がる。
マイクを口に近づけると、美奈は発声をした。
「アーーーーーーー !!!!」
甲高い声、せっかくの美声も使い手が未熟であれば宝の持ち腐れだ。
だが、高音ヴォイスが陽芽中学校の屋上に設置された転倒防止の金網や、コンクリートでできた床に亀裂を与えながら凛太郎へと高速で迫る。
「う!」
思わず両手で耳を塞ぐ凛太郎。
声の圧力とともに、美奈から放たれた息までもが竜巻を起こし、神主の装束も所々擦り切れる。
音と風の暴力に吹き飛ばされそうになった。
だが、凛太郎は決して目を閉じない。
歯を食いしばりながら、彼女の姿をしっかりと焼き付ける。
無条件で吸収されていく光の粒子は美奈の元へと集まり続け、彼女はそれを見て嘲笑うが、そんなことは気にしない。
「リンタロウ! ズット、ソノママデイテネ」
狂気に満ちた満面の笑み。
この時間が続けば自分の願いへと近づく。
そのまま彼女は再び大きく息を吸うと、さらに高音ヴォイスと暴風を発生させた。
––––ああ、凛太郎! ずっとそのままでいてっ!––––。
「ラーーーーーーーーー!!!!」
全方向へと解き放たれたサウンドは、相手に逃げ場を与えない。
凛太郎は避けることを選択せず、戦うことを選ぶ。
右足を下げて重心を落として身体を捻りながら剣を真後ろへ。
実戦では初めてだが祖母の草薙政子の模倣を実現させる。
「
全方位までは不可能だが、自分に迫る攻撃を天叢雲剣へ磁石のように引き寄せ、力いっぱい上空へと振り切った。
凛太郎を守る防御術となった技の行く末は、天高く夜空へと吹き飛ばされる。
音と風の暴力は、何層にも連なるオーロラへと変貌し夜空を照らした。
「チッ。ナラバモウ一度ダ」
美奈は大きく息を吸い込み、先程の高音ヴォイスを発射する準備を見せた。
対する凛太郎は、実戦では初めてとなる神器召喚と術の発動と思考が追いつかず、次の選択肢を考えれていない。
さらには、“太陽風”を放った衝撃でバランスを崩し、彼はコンクリートに片膝をついていて、もう一発を放つ時間がなかった。
「くそ……」
「終ワリヨ。スゥーーーー……」
美奈は人間らしく大きな息を肺だった何かで取り込み、トドメをさそうとする。万事休すかと思われた……その時。
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