第四話 不器用②

 日和が仕事を初めて三日目。

 この日も晴々とした天気で清々しい。 

 観光客が陽芽神宮内で札を購入し、それを神宮日和は笑顔で対応した。 


 「こちらがお札になります。どうぞお納めください」


 「ありがとうございます」


 ここ陽芽神宮では札や絵馬を購入した観光客等に対して「お買い上げありがとうございます」というのは禁止となっていて、「お納めください」と決まっている。

 住み込みバイトを始めて三日が経ち、間違うと最初の方こそ草薙政子に叱られていたが、今では小さなミスはほとんどなくなった。


 春休み期間中は繁茂期ということで、陽芽市内に求人を出して、高校生や大学生を中心に単発で雇っている。

 結果的に出勤頻度こそバラバラだが、今年は日和以外にも高校生が三名が勤務している。


 アルバイトの巫女たちと、草薙家で協力して業務を行っている。

 神に仕える仕事とだけあって、良くも悪くも手分けしてだ。

 ちなみに、本業とは全く関係ないが悪魔祓いについては他の高校生アルバイトに対して大麻オオヌサも術も影響はしていない。


 日和が住み込みバイトを始めてから、販売を含めた観光客やカメラを持った人が増えている。

 主に男性が。

 その様子を見ながら箒を手に持ち掃き掃除をする、神主の跡取りの草薙凛太郎はなるべく彼女と目を合わさないようにしながらテキパキと手伝いをしていた。


 「日和ちゃんだっけ? あの子可愛くね?」


 「ちょっと一緒にツーショット撮ってもらえないか、俺聞いてみよ」


 聞き耳を立て、手にもつ箒の動きが止まる。

 チラッと男たちを盗み見て、凛太郎は無意識に歯痒い思いをする。

 ––––昨日から長時間いるけど、いつも来なくたっていいのに。

 どんだけ暇なんだよ、この人たち––––。

 注意もそうだが、それよりも彼の中では別のことを考える。


 「べ……別に、どこにでもいそうな普通の女だろうが」


 両方カメラを持っていて、片方は眼鏡をかけチェック柄のシャツをズボンに入れた男。

 もう一人はリュックを背負い、理由はわからないがハッピのような衣装を着ている男。

 二人の姿を見た凛太郎は、向けられてもないに姿勢を正して仁王立ちしていた。


 「あんなの……家じゃ普通にパーカーとかスウェットばっか着てるただの女だし。ちょっといい匂いしたけど」


 盗撮紛いのことをしている男達を、本当は注意しなければいけない。

 だが、気づけば凛太郎の視線もカメラを持った男たちと一緒に日和に釘付けだった。

 掃除をサボり箒を持つ手の動きも止まっていた。

 自分もカメラを持っていたら……そんな彼の後ろから迫る女性に、彼は接触するまで気がつかなかった。


 ゴンッ! と頭をグーで叩かれ、「イテッ!」と叫び後ろを振り返る。


 「ばあちゃん、今やるから……って、あれ?」


 「もう! 今あの綺麗な女の人みてボーッとしてたでしょ! 凛太郎の変態」


 叩かれる癖で反射的に祖母の草薙政子だと思ったが、視線の先にいたのは同じくらいの身長のポニーテール少女、氷室美奈ひむろ みな

 つい先日も会ったばかりだから、特別喜ぶような感情にはならない。

 むしろこれからも会うので当たり前のような、特別感はない。

 前回は創作のことを言っていたので、そのことだろうと思って再び箒をしっかり握る。


 「なんだか。びっくりさせんなよ」


 政子ではないことに安堵する凛太郎。

 三日ぶりの再会を今日は喜べない。

 都合のいい考えをする男だ。女神のように現れた時とは違う口調、表情。

 美奈はそんな凛太郎でもお構いなし。

 いつもこんな感じの彼のところに通うことを辞めない。

 ジロジロと舐めるような目つきも昔からだ。


 「凛太郎のお母さんも綺麗だから慣れてると思ってたのに……新しいアルバイトの人のこと、もしかして好きなの?」


 グーっと顔を近づける美奈の様子は名探偵のようだ。

 まだ三月ということで少し肌寒為、身につけているコートは片付けれない。

 向けた視線は美奈の方だが、凛太郎の脳内で天秤が揺れ動く。

 名前を出されて急激に上下動する天秤の動きに耐えきれず、彼は怒る。


 「違うよ。そんなんじゃないよ」


 凛太郎は目線を逸らして箒に神経を集中させ、掃き掃除を再開させた。

 ––––面倒だから早く帰ってくれないかな––––。

 と言わないことを間違った優しさだと認識していた。


 「お、俺は今日も手伝いがあるから忙しいんだけど。

  ひーちゃんは何しに陽芽神宮にきたんだよ?」


 でも、凛太郎はどこか不器用だった。

 美奈は彼の照れた様子を見て確信した。

 その事を発展させず美奈は凛太郎の顔の前に回り込んだ。

 ポケットに隠し物手紙のような物を取り出し、彼に見せる。

 美奈は笑った。ようやく、すすんだよと自分の頑張りを讃えて。


 「じ・つ・は・ね〜。また私の作詞が進んだのよ。

  聞いてよね」


 「ああ、この前の続きかー」


 美奈はニコリと笑い続ける。

 凛太郎の表情はいつもと変わらぬ面倒そうだ。

 慣れた様子で気にせず美奈は自分のペースで話を続ける。

 彼女の脳内で再生されるメロディとともに彼を無視して、彼にだけ聞こえるようなボリュームで彼女は歌った。


 ––––


 大好きな 私の記憶

 目を閉じても 頭に浮かぶ

 貴方と出会い 過ごしたこと

 温もりとともに 忘れやしない


 手を繋いだ 今は繋げない

 年を重ねて また繋ぎなおす


 離れ離れになって 寂しくなっても

 貴方との思い出は 永遠に忘れない


 ––––


 スローバラードで美奈は歌う。

 お世辞でも彼女の歌声は上手ではない。

 だが下手とは言わなかった。

 夢や目標を追うことは良いことだ。

 それは、神々の代行者として戦争に巻き込まれて通常の人生を送れない凛太郎だからこそ、それは否定しない。

 むしろ羨ましいとさえ思った。だからこそ、余計に彼女の笑顔や接し方が鬱陶しいとさえ思う。

 

 「やっとBメロまで進んだの。あとはサビが出来れば一番は完成するの」


 「完成してから皆んなに聞かせればいいのに」


 「私は少しずつ進める派なのよ!」


 「別に怒らなくたっていいじゃん」


 「怒ってないよ!? なに言ってるのよ」


 小学校での思い出を歌い、また歌手になりたいという密かな願望を持つ美奈は、作詞をしては時々凛太郎や友人に聞かせて感想を聞いている。

 完成はしなかったが、凛太郎も何度か聞いていた為、知っていた。

 

 「そんなんだから凛太郎はダメなんだから。モテない男は嫌われるよ?」


 「いや……別に、彼女とか、そういうのいらねーし」


 「そんなことないでしょ。嘘ばっか」


 「嘘じゃねーし」


 「そんなことない」


 「ちげーし」


 ついムキになって反論する凛太郎。

 彼を見て一緒にムキになる美奈は、彼に歌詞カードを渡した。

 正確には怒りに任せて手を突き出して無理やり握らせた。

 凛太郎も初めはびっくりしたが、他の観光客もいるので大騒ぎはできない。渋々握らされる。


 「ここまでだけど、凛太郎も持ってて。

  いい? これはね、私が日本を代表する歌姫になったときに必ず高く売れるから、絶対になくさない方がいいわよ。

  ちなみに、サインも書いてあるからね」


 「はあ? そんなの俺覚えてられないよ」


 「とにかく! いい! 

  絶対捨てないでね。約束よ? 凛太郎。

  それじゃあ私は家に帰って作詞の続きをするから……じゃあね!」


 手を振りながら、風のように走る美奈を後ろから眺める凛太郎。

 頭をボリボリかきながら「はあー」とため息をついていた。

 「走って転ぶんじゃねーぞ」と背を向ける彼女に言ったのは、彼なりの優しさだろうか。


 ◆◆◆


 それから六時間程経ち、空もすっかり暗くなった時だ。

 一台の救急車のサイレンが鳴り響き、凛太郎の家にもその音は聞こえた。


 凛太郎が歌詞カードを受け取った日の夜。

 氷室美奈は自宅の階段を踏み外して、転落した。

 家族の話では何かに慌てていたそうだが、創作に強いこだわりがあって踏み外したのだろと……泣きながら話していた。

 その時に頭を強く打ったことが原因で、そのまま亡くなった。

 瞬く間に知らされた美奈の訃報。

 それを聞いて、凛太郎はその晩は部屋から出てこなかった。

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