第四話 不器用

 ––––


  大好きな 私の記憶


  目を閉じても 頭に浮かぶ


  貴方と出会い 過ごしたこと


  温もりとともに 忘れやしない


 ––––


 神宮日和が住み込みバイト初めて三日が経った頃。

 陽芽神宮から離れた別の家庭。ある一室。

 少し伸びた黒髪を、後ろで束ねる少女は真剣に悩んでいた。


 勉強机のノートに書かれた言葉の数々。

 その続きとなる言葉の候補をノートのあちこちに書き綴り、「違う」と頭を横にふり斜線を引いた。

 持っていたペンを離すと両手に頭を抱えて、大きなため息をついた。


 「結局、卒業式に間に合わなかったなあ」


 うなだれるように机上に両腕をつけて、その中に顔を隠す。

 顔を上げると、机上に置かれた数多の写真を見入る。

 思い出の品々……その中でも特に思い入れのある写真を。

 幼稚園時代に撮った、一人の少年と手を繋いでいたツーショット。


 「後で、陽芽神宮に行こうかなあ。……それまで、頑張らないと!」


 顔を上げて「よしっ!」と気合を入れた彼女は再びペンを走らせた。

 新生活に向けて髪を整え、意気揚々とした様子だ。

 少女は小学生の時に使っていたものを自室でと片付けをしていた。


 掃除の行き届いた部屋。

 好きなアイドルの衣装や手作りのマイク、購入したCDが整頓され収納されている。 

 使い古されたランドセルをクローゼットに片づけ、真新しいスクールバッグを取り出す。


 六年前から愛用する勉強机には思い出の写真が並んでいた。

 今年の春から中学生となる氷室美奈ひむろ みなはつい最近のことを懐かしむように眺める。


 入学式、遠足、運動会、修学旅行、卒業式……また、彼女は机上の片隅に置かれる幼稚園時代の写真も合わせて見入る。

 幼稚園時代の写真には、一人の少年と手を繋いだままピースサインをした写真。

 小学校の卒業式の写真には、その少年とは離れた場所で写真を撮られていた。


 「懐かしい。もう手を繋がないのかな?」


 クスリと笑う美奈は、ふと思いついたかのようにペンを持ち、手元にあったノートに思いを綴る。


 ––––

 

 手を繋いだ 今は繋げない

 年を重ねて また繋ぎなおす


 –––– 


 思いのまま書き続けた美奈は満足したのも束の間、どこか寂しげだった。

 持っていたペンを置き、その掌を見つめる。 


 「昔はよく遊んだんだけどな。

  男子って、なんであんなに恥ずかしがるんだろ」


 哀しみの中、さらに彼女はペンを持ち直した。


 ––––


 離れ離れになって 寂しくなっても

 貴方との思い出は 永遠に忘れない


 ––––


 「でも、サヨナラするわけじゃないからね。

  またいつか……凛太郎と。タイトルはこれにしよう!」


 美奈は書き終えた紙に、さらに文字やサインを書き足す。

 終わった後にその紙を丁寧に切り、畳んだ。


 自分の部屋から一階へと足速に階段を降りた美奈は、母親に「遊びに行ってくる!」と楽しげに声をかける。


 「美奈! 階段は走って降りないで! 滑ったりして転んだりしたら大怪我するわよ。何度言えばわかるの?」


 「平気だよ! もう中学生だもん!」


 振り向いて「じゃーね!」と美奈は自分の靴を履き、外へと駆けた。



 ◆◆◆



 木造の日本家屋。草薙家の別邸。足先に畳の温もりが感じられた。

 家の作りとしては合わないが、衣装鏡の前で神宮日和は袴の紐を前で結ぶ。

 住み込みバイトを始めて一週間が経ち、ようやく装束も慣れてきた。

 衣装鏡の前で一度くるりと回る。


 「これで良いかな」


 神宮日和は巫女となった。正確には住み込みバイトだ。

 だが浮かれた様子はない、危険が伴う仕事でもある。

 だが彼女の決意はここへ来る時から変わりない。

 待ちに待った瞬間を彼女は渇望していた。


 「ねえちゃん! 婆ちゃんが呼んでるけど準備できた? 入っていい?」


 外から子供の声が聞こえる。

 「いーよ」と返答するとガラガラと引き戸が引かれた。

 草薙凛太郎だ。

 白と浅葱色の神主の装束に着替えた彼は、朝の準備の為に日和を呼びに来た。


 「おー……」


 巫女として仕事を初めて一週間が経つ。

 初めてとは思えないような着こなし。

 むしろ政子と体型を比較してしまう。

 ––––いかんいかん、直視するな。

 相手はただの年上のねえちゃんだ––––。心の中でとどめた彼は、本題に入る。


 「俺は掃除だから。

  ねえちゃんは婆ちゃんと一緒に絵馬とかお札とかの管理だってさ」


 「はい! 分かりました! すぐに準備しますね」


 着替えを済ませた彼女は外へ出る。

 今日も外は晴れていた。

 気持ちいい朝日が二人を温める。

 三月とはいえ過ごしやすい気候で何も羽織る必要はなさそうだ。

 二人は政子や龍臣が待つ正宮へ向かって一緒に歩く。

 ふと、凛太郎が彼女の本音を探る。


 「本当にここで仕事するの、怖くないのかよ?」


 三日が経ち、悪魔こそ現れてはいないが危険がともなう仕事だ。

 過去には戦闘が多発して三十歳までに亡くなる神主や巫女もいたと言い伝えられている。

 実際に先月には親戚が亡くなった。凛太郎の本音は戦いたくない。

 でも、このままでは戦いはこの先々も続いていくだろう。


 「人を助ける仕事だよ! 

  悪魔であろうと、偏見を持っちゃダメよ!」


 日和は面と向かって凛太郎に話す。

 顔が近づき、凛太郎は避けるように彼女から離れた。

 異性に直視されるのは彼は恥ずかしくて苦手だ。


 「わ、わかったよ! あんまり近づくなよ!」


 「そう! ならよかった」


 にこりとした日和を見て、凛太郎は心の中で(変わってるなあ)と呟いた。


 それよりも凛太郎には分からないことだらけ。

 日和がなぜ天照の加護を受けているのか。

 なぜ神器召喚が行えたのか。

 ルーツは分からないが、彼女が草薙家と縁ある家柄だったのではないかと考えるのが妥当だ。

 遠い親戚でどこかへ引っ越したが、天照の血を色濃く継いでいるのであれば辻褄が合う。

  

 謎に包まれる日和、だが間違いなく神器召喚をはたした。

 元より人のことをほっとけない性格だが、彼女は悪魔と対面した時に、恐怖したと同時に、少女との出会いから「助けたい」というに変わっていた。


 「うーん……わかんない! 

  とりあえず仕事しよう!」


 軽く背伸びをした日和は、頭を軽くふって考えることをやめる。

 今は新しく始まった新生活を頑張りたいと思った。


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