第六話 ファンファーレ③
地上までの距離は残りわずか。
凛太郎は美奈に突き刺さる天叢雲剣を「ごめん」と謝りながら引き抜き、彼女を抱いたまま地面に向かって術を発動する。
「
防御というよりかは、エネルギーを溜め込んでから剣撃による小さな風を発生させて、落下した時の衝撃を和らげる。
急速に落下していた二人の身体は、ややゆっくりと地面に叩きつけられた。
「いてて……はっ! ひーちゃん!」
落下の衝撃で離れ離れになった美奈は月を眺めるように倒れていた。
貫かれた傷は再生せず、今も炎を上げ続ける。
身体からゆっくりと天へと昇る光の粒子を見て、彼女は「モウ一度死ヌンダ」と悟らせた。
「ひーちゃん!」
倒れた美奈に両膝をつき近寄る凛太郎は、彼女の手をとる。
冷たい。
温もりを感じられない。
冷凍庫の中の物とも違う。
先日叩かれた時は痛みとともに温かみを感じられたのに。
「ドウ? 私ノ手、冷タイデショ?」
「……でも、久しぶりに手、繋いだね」
「幼稚園通ッテタ時ハ、アンナニ遊ンダノニネ。リンタロウ」
「そ、それは、なんていうか。なんでもないよ。偶然だよ」
「フフ」
顔を焼かれようとも、美奈は笑っていた。
「さようなら」が言える。
一人寂しく死んでいくよりも幸せだ。
意識がある間に誰かに看取られる。
残る気力を全て使って、美奈は身体を起こして凛太郎と対面した。
「死ヌ前ニ、最後ニ、リンタロウヲ……シッカリミタイ」
頭部の三分の一は燃えてほとんど見えていない。
だが、彼女は最後まで凛太郎を見ていたかった。
凛太郎は彼女の言葉を聞いて、さらに近づく。
「エ? リンタロウ! アブナイヨ!」
驚愕した。
凛太郎は彼女の手を握りながら、燃え盛る彼女の顔……額に、自分の額を重ねた。
危ないと伝える美奈を無視する凛太郎の目からは、涙が溢れている。
顔が燃えようが、凛太郎は美奈を必死に離さなかった。
そんな凛太郎を見て、心配すると同時に美奈は少し嬉しかった。
昔はあれだけ遊んだ凛太郎が、学年が上がるに連れてその機会も減る。
手を繋いで遊んでいたことが、つい最近のように懐かしむ。
凛太郎は「おい、ひーちゃん」と彼女を呼ぶ。
「歌詞……完成したのかよ?」
「エ?」
驚き戸惑う彼女を前に、彼は大きく息を吸う。
地面に流れる涙を無視し、そして凛太郎は彼女の前で歌った。
––––
「大好きな 私の記憶
目を閉じても 頭に浮かぶ
貴方と出会い 過ごしたこと
温もりとともに 忘れやしない」
––––
「ソレッテ、私ガ作ッタ曲」
涙を流しながら、凛太郎は歌う。
身体が消えかかる美奈を前に、彼は最後の一瞬まで。
絶対に目を離さない。
その顔が見れなくなるまで。たとえ自分の声が枯れようとも。
「だって、なるんだろ?
歌手に。曲の一つも作れないで、歌手になるとか言うなよ!だったら、目の前の客のために歌えよ!」
美奈からは涙を出すことはできない。
だが凛太郎の言葉が胸に深く突き刺さる。
Bメロへと転じる場面で、彼女も気力を振り絞る。
目の前で凛太郎が歌ってくれているのに、自分も応えずにはいられない。
大きく人間のように息を吸い、彼と呼吸を合わせた。
––––
「「手を繋いだ 今は繋げない
年を重ねて また繋ぎなおす
離れ離れになって 寂しくなっても
貴方との思い出は 永遠に忘れない」」
––––
顔、手、足、身体全てが消え失せるその最後まで。
自分の目で肌で凛太郎の温もりを美奈はギリギリまで感じたい。
美奈は最後の気力を振り絞り、目の前の凛太郎の為に歌う。
最後の歌詞を完成させる為に。
世界に一つだけの曲はここに完成した。
「リンタロウ……聞イテ」
––––
「時が流れ 貴方が私を忘れても
この歌詞を胸に 私は貴方を忘れない
どんな運命が 待ち受けようとも
もう一度貴方と 手を繋ぎたい」
––––
凛太郎は美奈から目を離さない。
例え涙で前が霞んでいても。
凛太郎は美奈から決して手を離さない。
例え温もりを感じられなくても。
だが、別れの時が迫る。
美奈の顔は炎でほとんど焼かれ、身体は光の粒子となりほとんど消失していた。
それでも凛太郎は最後の一瞬まで、彼女を離さなかった。
「私ノコトヲ、忘レナイデ。リンタロウ」
「ひーちゃん!」
凛太郎は前がほとんど見えていなかった。
それでも、彼女の声を聞いて叫ばずにいられなかった。
握っていたはずの手がなくなる。
重ねた額がなくなり、燃え盛る炎もいつしかなくなっていた。
––––サヨナラ––––
天に昇りながら、美奈は凛太郎を思いながら上を目指す。またいつか、会える日を信じて。
「うぅ……えっぐ……」
美奈の消失を感覚で捉えた凛太郎は、ついに涙が溢れる。
最後まで、「さようなら」を言わなかった。
遠くからは神宮日和や草薙政子、草薙龍臣やレオが見守っていたが、彼らのことは忘れ、人目をはばからず泣き、そして歌った。
––––
あなたと
大好きな 私の記憶
目を閉じても 頭に浮かぶ
貴方と出会い 過ごしたこと
温もりとともに 忘れやしない
手を繋いだ 今は繋げない
年を重ねて また繋ぎなおす
離れ離れになって 寂しくなっても
貴方との思い出は 永遠に忘れない
時が流れ 貴方が私を忘れても
この歌詞を胸に 私は貴方を忘れない
どんな運命が 待ち受けようとも
もう一度貴方と 手を繋ぎたい
––––
「……なあ、アンコールはないのかよ。ひーちゃん?」
◆◆◆
次の日だ。氷室美奈の告別式。
ブカブカの制服を着た草薙凛太郎は、父親の龍臣や他の友人と参列した。
小学校の卒業式で撮られた美奈の写真が遺影として飾られている。
歌手を目指し、歌やアイドルが好きだった彼女の写真の前には、マイクやその衣装が並ぶ。
お経が唱えられ、次々とマイクの元へと代表者が話し始める。
美奈の父親、母親の挨拶。
友人の中でも美奈と親しかった女子生徒代表の挨拶。
凛太郎は目から溢れそうになるものを必死に堪えた。
そして、最後の別れ。
棺を開けられ、彼女と対面した凛太郎は、ついに堪えていたものが溢れた。
「……ひーちゃん」
凛太郎は最後に昨夜家で作った手紙を彼女の手に持たせた。
書いてあるものは凛太郎にしか分からない。
両親が問う。
そして凛太郎は涙を流しながら答えた。
「凛太郎君、それは?」
「ファンレターです」
最後に彼女の手をしっかりと握り、そこに一粒の雫が零れた。
彼女の顔を脳裏に焼き尽くした後、棺はしめられ、そのまま霊柩車へと乗車した。
外へ出た凛太郎たちは、美奈の出発を見送る。
彼は、もう泣かなかった。
凛太郎の部屋には小学校を卒業した時の写真が飾られている。
凛太郎と美奈も写る集合写真。
その前には凛太郎の筆跡で書き足され、完成された歌詞カードが置かれていた。
告別式から帰宅した凛太郎は、神主の装束に着替えると箒を持って陽芽神宮の掃き掃除を始める。
その最中、彼は心の中でのアイドルをこれからも忘れないように歌を何度も復唱しながら。
一度、天を見上げる。
あの夜、彼女は自分のことを忘れないでほしいと願った。
雲で隠れていた太陽が現れて、凛太郎を照らした。
「大好きな 私の記憶 目を閉じても 頭に浮かぶ––––」
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