第三話 契約③

 目を開くと神宮日和の視界には、見慣れない格天井が広がる。

 「ここは」と呟きながら、ゆっくりと上体を起こして辺りを見回した。

 畳の上で布団を敷いてもらっていた。

 日和一人が部屋にいて、他には誰もいない。


 両手を天井に突き上げて背伸びをすると、凝り固まった身体を伸ばして一度深呼吸すると、彼女の脳裏に悪魔との戦いの記憶が鮮明に蘇った。


 懐かしい記憶。

 神器召喚。

 脳内で覚えていても、神宮日和という体がまだ追いつかなかった。


 「……そういえば凛太郎君、おばちゃんたちは?」


 近くにあった自分の手荷物から、スマートフォンを取り出し時刻を確認すると、夜の時を過ぎていた。

 人の気配がしない部屋。

 見ると、近くに見たことがない玄関があり、そこに自分の靴がある。

 日和は動き、靴を履いて外へ出ようと引き戸を横にスライドする。

 外は満月ではないが、月明かりが暗闇の中で映える。

 静まりかえった静寂に身を投じて、日和は自分がいた位置を理解した。


 「別邸?」


 元々はアルバイトの巫女たちが着替えや準備等で改修工事を行われたものだった。

 凛太郎の言葉を思い出しながら歩くと、一件の電気のついた日本家屋がある。

 玄関の鍵は……ポストに入っている。

 鍵を開けて日和は凛太郎たちが住む草薙家の玄関を開けた。


 「すみません」


 一瞬の静寂。

 時間が遅いからもう全員寝てしまったのだろうか。

 諦めかけたその時。

 彼女の言葉を聞いて、ドコドコと慌てた足音が聞こえる。

 誰だろう、足音は男の人だろうかと考えると奥から眼鏡をつけたスウェット姿の草薙龍臣が現れた。

 

 「あ、神宮日和さんだね?」


 「はい。すいません、私“あのあと”寝ちゃったみたいで」


 「“あのあと”? あー、凛太郎の部屋で巫女の服に着替えた後に、こと?」


 龍臣の話を聞いた日和は「え?」と驚く。

 演技だと思った。

 緑の悪魔を叩いた感触は忘れない。

 銃で頭を撃ち抜いたことも忘れない。

 摩訶不思議な出来事があったことを一般人である日和に忘れてほしいと願う神主の思いだろう。

 

 「いいえ、そんなことは。

  そこの正宮前で確か……話す猫とか、緑色の怪物とか。

  あ、あと私、銃とか持っていたような」


 身振り手振りで伝える日和。

 その様子を見た龍臣は「ははは」と笑う。


 「それは、もしかして夢じゃないかなあ? 

  妖怪なんて、いるわけないじゃんかー」


 多分、旅行できていたから疲れているのかと、龍臣は優しく日和にいう。

 だが彼の失言を、日和は見落とさなかった。


 「今、話す猫のことを妖怪って言いませんでした? 

  やっぱり、夢じゃないんじゃ」


 「あ……それはねー。

  いやあ、話す猫っていうから、てっきり妖怪の夢でも見たんじゃないかなあって思ったんだ。ははは」


 笑いながら嘘を隠すが、それは日和にバレている。

 確実に猫又妖怪のレオがいたこと。

 奥からトコトコ足音が聞こえ、二人の前にもう一人現れた。

 白衣の寝巻きを着た、草薙政子だ。


 「龍臣くん、あなたは優しいけど無理しないで。

  この子には私の術は効果がなかった。

  仮にここで嘘を通せてもこの子は神器召喚ができるのだから、別の場所で再び戦場に立つ可能性はあるのだから」


 「お義母さん」


 「凛太郎のおばあちゃん?」


 両の手を腹の前で合わせて軽くお辞儀をする政子。

 それに続いて、龍臣も日和に頭を下げた後、言いずらそうに謝った。


 「さっきは、ごめんね。

  つい嘘ついちゃって。

  話す猫ってのはレオっていう名前で、昔僕が飼ってた猫が妖怪として現れたんだよ。

  まあ、生前から気ままな性格だったから、今も屋根かどっかで寝てるんじゃないかな?」


 「龍臣くんを恨まないでおくれ。

  あのような戦いに、神宮さんを巻き込みたくない優しさからついたのだから。

  だが、どういう理由かはわからないが貴方はが行えて、悪魔祓いを行った。少し、お話を聞きたいのじゃが?」


 妖怪、神器召喚、悪魔祓い。

 三つの生活上使われない言葉。

 日和は内に秘めたことを言おうか一度迷う。

 喉まで出てきた言葉を飲み込んだ。

 やはり言えない。

 適当に話を合わせてやり過ごす。


 「は、はい。私でも、よくわからないですけど」


 嘘をつく。

 政子は彼女の様子を見て何かを知っていると確信するが、今回は敢えて知らない程で伝えた。


 「本来は、は代々を務めてきた血統のみが行える術。

  大麻オオヌサを剣や槍に変えることが一般的。

  ……それが銃に変わったのは異様じゃが、できるということは、その血統を受け継いだものではないかと思ったのじゃ」


 「そんなこと言われても、両親の仕事の都合で外国にいることも多かったので、生まれは日本ですけど……しいて言えば、生まれる直前に両親が陽芽神宮に訪れて、その後に観光中に病院で生まれたって言ってました」


 政子は「うーん」と深く悩む。

 この陽芽市で出生することなら、不思議なことではない。

 陽芽神宮で、それだけで術が使えるなら今頃は人で溢れているだろう。


 「そうか……それだけだと謎のままだな。

  だが、実際に悪魔祓いをしたことは事実。日和さんにはを持っているから、話そう。

  あの戦いでわしが言ったこと、覚えておるか?」


 日和は記憶を巡り、戦場での政子の叫びを脳内で再生させる

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