第11話

「では声を出してみてください」

「(あーーーーー)」


 私は大きな口を開けてお医者さまに向けて声を出そうとしますが、やはりシンとした空気が流れるだけ。


「やはりまだ出ないですね。根気強く様子を見てみましょう」

「(こく)」


 お医者さまはクリスタさんに案内されながら、お部屋をあとにしました。


「大丈夫だよ、焦らなくていいから」


 隣に付き添っていたお兄さまが私を慰めるように背中をさすってくださいます。



 社交界デビューを果たした私はその後もマナーの練習や読み書きの勉強を重ね、少しずつではありましたが前に進んでいきました。

 ですが、最近はお仕事が忙しく、お兄さまと勉強ができていません。

 もっと言うと食事のときもいらっしゃってないので、会うこともできていないのです。

 寂しい、なんて思うのは私の単なるわがままかもしれません。


『お仕事をしている様子を見てみたい』


 そう思ってしまって、以前の私ならご迷惑になるからとすぐにその考えを止められたのですが、最近はどこかおかしいのか、お兄さまのことになると身体が勝手に動いてしまいます。

 いけないとわかっていても、好奇心や欲望が勝ってしまう。

 何か私に悪い変化が起こっているのでしょうか。


 そう思いながらも、ちょっとだけなら、という気持ちで私は廊下に出てしまいました──



 お兄さまのお部屋は私の部屋を出て左に進んだ突き当りにあります。

 何かあればいつでもおいで、と言われていますが、実際に行くのは初めてです。


 扉の前に立って耳を澄ませますが、お部屋にいるのかどうかもわからないほど静かです。

 私はそっと扉を開いて中の様子を見てみます。


 扉から見える真っすぐのところに、机に向かっているお兄さまがいました。

 何か文字を書いているようでそのお姿は凛々しく、背筋の伸びた美しい姿勢です。

 日の光が窓から差し込み、お兄さまをより輝かしく照らしています。


 かっこいい……。


 自分ではっとします。

 幸いにも声には出ていませんが、思わず口を開いて話す仕草をしてしまっていました。

 最近はなんだかお兄さまのことが気になってしかたなく、いつもお兄さまのことを考えてしまっています。


「ローゼ、入っておいで」

「──っ!!」


 私は突然のお兄さまの声に驚き、ドアを押し開けてしまいました。

 当然私の姿は丸見えとなり、顔を上げたお兄さまに見つかってしまいました。

 いえ、もう声をかけてくださったということはすでにバレていたのでしょうね。

 私は観念したように少し申し訳なさそうに小さく縮こまりながら入りました。


「もっとこっちにおいで」

「(ふんふん)」


 誘導されるままに私はお兄さまの近くに行くと、お兄さまはニコリと笑って「どうしたの?」と聞いてくださいます。

 なんでもないというように首を横に振る私ですが、お兄さまは何かを察したようです。


「最近読み書きを教えにいけていなかったからね、ごめんね」

「(そうじゃないんです!)」


 お兄さまを責めたくて来たわけじゃないのですが、どうしましょう。

 一生懸命に首を振るもので、お兄さまは「わかった、わかった」といった感じで私を止めます。

 すると、お兄さまの近くにあった本を取って私に渡してくださいました。


「これ、絵本なんだけど、読めるかな? 難しいお話ではないからソファに座って読んでごらん」

「(ふんふんっ!)」


 表紙は淡い感じで書かれていて女の子が一人お庭のような場所で座っている絵です。

 私はさっそくお兄さまのお部屋の椅子に座って読み始めました。


 最初はなかなか苦戦して読めないので、う~んといった感じで悩んでいると、その様子に気づいたお兄さまがたまに身に来て教えてくださいました。

 後半は段々すらすらと読めるようになり、内容もわかってきました。


 絵本の内容は、女の子が冒険をしていろんな街にでかけるお話ですが、途中で素敵な王子様が出てきました。

 その女の子が言うには、すらっとして背が高くてとてもかっこいい素敵な王子様だそうです。

 女の子は段々王子様のことが好きになっていって、毎日王子様のことが気になって仕方がないとのこと。


 ん? 気になって仕方ない? いつも? 毎日?


 私はお兄さまのほうを見て自分の胸に手をあてて考えてみました。

 なんだか、私とお兄さまみたいです。


 そして、絵本に目を移してまた読み始めます。


『女の子は王子様のことが好きになってしまいました。初めて恋をしたのです』


 その文章を見てはっとしました。


『恋』


 この文字をみて私の心臓は飛び跳ねました。

 絵本の女の子は最後王子様と結婚するのですが、私はずっと『恋』という文字が頭から離れなくて仕方ありませんでした。


 そうか、私、お兄さまに恋してるんだ。


 真剣な面持ちでお仕事をされるお顔を見ながら、私は自分の気持ちに気がつきました──

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