第2話

 名前を呼んでもらえるようになった翌日のことです。

 私が使っていた部屋はそのまま私の部屋としていいとのことで、ありがたく使わせてもらうことになりました。

 クリスタさんはいつも優しく声をかけながら身支度を手伝ってくださいます。


 最初は自分で自分のことはしなければと思ったのですが、環境が違いすぎて何に使うものか、どうしていいものかわからない時が多いんです。

 普通ならば声を出して聞きたいところですが、自分から言葉を発せないのでやはり思ったようには伝わりません。

 それでもクリスタさんは嫌な顔一つせず、私に声をかけてくれます。


「ローゼマリー様、痛かったらいってくださいね?」

「(ふんふん)」


 私の髪を結ってくれながらそう言ってくれます。


「ローゼマリー様の髪は真っすぐで綺麗ですね」


 私は少し照れてうつむいたあと、少し首をふります。

 特に珍しくもない薄い茶色い髪の私からすれば、クリスタさんのほうが綺麗で羨ましいなと思ってしまいます。

 それをなんとか伝えたくて、クリスタさんの髪をそっと指さしてみました。


「え? 私の髪がどうかしましたか?」


 私は好意的な意味を伝えたくて失礼にあたらないように、そっとクリスタさんの腕をぎゅっと抱え込むように抱きしめてみました。


「どうかなさいましたか?!」


 クリスタさんの髪を指さして、腕を抱きしめてみてもあまりよく伝わりません。

 でも何か思いは伝わったようで、クリスタさんは私を抱きしめ返してくれてこう言いました。


「大丈夫ですよ、私はどこにもいきませんよ。そうだ、今日は私とお揃いの髪型にしてみましょうか?」

「(はい!)」


 私は自分が持てる最大限の笑みを浮かべました。



 そのあとラルスさまとのお勉強の時間がやってきました。

 なんとありがたいことにラルスさまが読み書きを教えてくださることになって、少しずつ勉強しています。


 最初は文字の発音、読むことを教えてもらいます。

 教えてもらいながら口を開いたり閉じたりして声を発してみようとしますが、声は出ません。


「ローゼマリー、急がなくていいから。ゆっくりで無理はしないように」


 何日かすると読むことはだいぶできるようになりました。

 たまに間違ってしまうけれど。

 カードのようなものを使って言葉を作って机に並べたりします。


 そして今日はペンを持って文字を書いてみることに挑戦しました。


「ローゼマリーはこう書くんだ」


 すらすらと書かれる文字はとても綺麗でなんだか心を奪われる、そんな感じでした。

 自分の名前を練習しているときに、ふとあることが頭をよぎりました。


『ラルスさまのお名前を書いてみたい』


 私はその思いを伝えるために、私の名前が書かれた紙を指さしたあとに私自身をさしました。

 そしてその次に首をかしげながら、私はラルスさまのことを指さしました。


「ん? ローゼマリー? ん?」


 私は必死に名前の文字をさして、私をさします。

 そのあと今度はペンをラルスさまに差し出してみました。


「ペン? 私が書くのかい? もしかして私の名前かい?」

「──っ!! (はいっ!)」


 私は何度も何度も頷き紙をラルスさまの前に差し出します。


「私の名前は、こう書くんだ」


 さらさらと書かれた文字。

 私は嬉しくてその紙を抱きしめました。


「ふふ、そんなに喜んでもらえてうれしいよ。よかった」


 私は何度か自分の名前とラルスさまの名前を書いて綺麗にかけるように頑張りました。

 そうして少しずつ言葉を書けるようになっていったのです──




◇◆◇




 ある日の午後。

 他の言葉もいくつか練習して書けるようになったことをラルスさまにお伝えしたいと思いますが、やはりいきなり行っても迷惑でしょうか。

 公爵さまのお仕事の手伝いをなさっているようで、毎日お忙しそうにしていらっしゃいます。

 そんな中でいつも読み書きを教えていただけるのは本当にありがたいことです……。


 そう思いながら廊下を歩いていて、気づけばそこはラルスさまのお部屋の前。

 ノックをしようかと手をあげては下ろし、あげては下ろしの繰り返しです。


「────修道院の──スターの行方──つかったのか?」


 ん?

 中からラルスさまのお声が聞こえてきます。

 どなたかとお話されているので、お仕事中でしょうか。


「やはり支援金は全て横領していたようです。子供たちもかなりひどい環境下で生活をしていたかと」

「わかった、引き続き調査にあたってほしい」

「かしこまりました」


 お部屋のドアが突然開いて出てきたラルスさまとばっちり目があってしまいました。


「ローゼマリーっ!?」


 私はごめんなさいという気持ちを込めて必死に何度もお辞儀をします。

 何度かしたところでラルスさまに止められました。


「大丈夫だよ、何かあったかい?」


 私はお邪魔じゃないかと思いながらも少しかけた文字を見せました。



『らるすさま、ありがとうございます』



 私の書いた文字を見てラルスさまはとても喜んでくださいました──

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