第1話
「おそらく火事の影響でしょうね」
お医者さんのような方は、私の身体を診察しながらそうおっしゃいました。
私はどうやら修道院でおこった火事で煙を多く吸ってしまい、声が出なくなってしまったようです。
確かに身体の痛みよりも喉の痛みや呼吸の苦しさが、私の身体を蝕んでいるように思いました。
診察が終わったあと、公爵さまはお仕事があるからと部屋をあとにされました。
部屋の中に残ったラルスさまは、ベッドの横にあった椅子に腰かけると、優しい面持ちで私に声をかけます。
「怖かっただろう、もう安心だからね」
私が安心するようにか、私に目線を合わせて話してくださいます。
すると、ラルス様は机の引き出しからレターセットとペンを用意して、私に差し出しました。
「言いたいことはここに文字で書いてごらん」
そう言われて私はその紙を受け取りましたが……これは困りました。
私の困惑する様子を見て「どうしたんだい?」とラルス様は聞かれます。
私は修道院で読み書きを教えてもらっておらず、文字を書くことができません。
口を開けてつい話そうとしても、声がでずに私はなんとか意思を伝えようと、俯きながら首を左右に振りました。
「手が痛むかい?」
ラルス様はそうおっしゃいますが、違うと言葉で伝えることができず、私はまた首をふります。
私の思いをくみ取ろうとじっと私を見つめてくださるラルス様。
そのサファイアブルーの瞳は今までに見たことがないほど澄んでいて、私には神様のように見えました。
思わず見つめられて胸がきゅっとし、少し顔を赤くしてしまったように思います。
「身体が痛いわけではないんだね?」
「(ふんふん)」
私は何度もこくこくと頷いてその通りだと伝えます。
すると、ラルス様は口元に手をあてて考えたあとに、私に寂しそうな声で聞いてきました。
「もしかして、文字が書けないのかい?」
私はゆっくりと申し訳なさそうに頷きました。
怒られてしまうのではないか。
そう思った私でしたが、ラルス様は私にずいっと身体を近づけると、優しく頭をなでてくださいました。
「そうか、大丈夫だよ。謝らないでほしい、君が悪いわけじゃない。君を怒ったりしないよ」
頭の上を何度も滑る優しくて大きな手は、とてもあたたかくて心地よいです。
時間というのはこんなにも穏やかなんでしょうか。
心も身体もあたたかくて、お日様にあたっているようなそんな感じがしました。
「これからは私は君の兄になる。血は繋がっていないけど、君が心を許してくれたら、家族のように思ってほしい。ゆっくりでいいから」
「(こく)」
私はそんなありがたいこと、いいのだろうかという思いで遠慮がちに一つ頷きました。
私の返事を聞いてラルス様はにこりと微笑んだ。
◇◆◇
数日が経過すると、私はすっかり身体がよくなり喉の痛みも引いていました。
ですが、やはりまだ声は出ません。
「(あーーー)」
私は毎朝起きるたびに声を出そうとしてみますが、うまく声が出せません。
なんとも無力さを感じて私はそっと窓の外を眺めてみると、やはり公爵家ともあり立派な庭園が広がっています。
ああ、なんて綺麗なところなんでしょうか、外に出てじっくり見てみたい。
そう思いますが、それを伝える手段は今の私にありません。
むずがゆく、歯がゆく、もどかしく……。
思わず唇を噛みしめてしまいます。
ちょうどそんな思いをしていたところに、いつものメイドさんがノックをして入ってきました。
メイドさんは私の前で深々とお辞儀をすると、お話を始めます。
「私があなた様のお世話をさせていただきます、クリスタでございます。よろしくお願いいたします」
私は慌ててベッドから立ち上がり、お辞儀をいたします。
クリスタさまはとても綺麗なお顔立ちをされていて、金色の髪を丸く束ねていらっしゃいます。
思わず見とれてしまう方で、まるでどこかのご令嬢さまのようでした。
そんな風にご挨拶を交わしていた時、ノックをしてラルス様が入ってきました。
「挨拶は終わったかな? 今日は君の名前が知りたくて来たんだ」
そう言ってラルス様は私に謎解きをされるように何度も質問をされます。
「名前は三文字?」
「(いえ、違います)」
私は首を振って違うことを伝えます。
「じゃあ、四文字?」
「(いいえ)」
「五文字かな?」
(違います)」
「六文字?」
「(はい、そうです!)」
私はとても大きく頷きます。
「そうか! 六文字か! じゃあ次は文字にいくね」
こうして順番に一文字ずつ言葉をあてていってくださいます。
そして15分ほどたったでしょうか。
ついにその時がきました。
「イ? ん?」
私は最後の伸ばす発音を伝えるために両手で握りこぶしをくっつけて、一生懸命両手を広げて伸ばすことを伝えました。
「ん? ああ! 伸ばすのか! リー!! ローゼマリー!!」
私は伝わったことが嬉しくて自然を笑みがこぼれました。
そしてラルス様は私の頬に手をあてると、にっこりと笑ってこう言われました。
「ようこそ、ヴィルフェルト家へ。ローゼマリー」
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