第8話

 ドレスを選び終わり、馬車に乗って帰ります。

 来るときにも改めて馬車に驚きましたが、やっぱり帰りもまだ慣れません。

 窓の外を眺めると景色がどんどん変わっていって、自分で走るよりももっと早くてその速さに圧倒されます。


「ローゼマリー」

「(?)」


 突然名前を呼ばれたのでラルスさまのほうをパッとみました。


「カフェに寄って行こうか」

「(かふぇ?)」


 またまた私の知らない言葉が飛んできて、それはどんなところなんですか?と心の中で聞いてみます。

 思いが通じたのか、予想をされていたのか、「カフェはね、お茶するところだよ」と教えてくださいました。

 なんでも紅茶やお菓子が出てくる場所のようで、そんな夢のような場所があるのかとワクワクしました。

 私はそんな気持ちが届けばいいなと、ちょっと大げさなくらい手をあげて喜んでみました──




◇◆◇




 カフェにやってくるとお店の方がラルスさまに気づいたようで、奥の席へと案内してくださいました。

 席に着くとそこは大きなガラス張りになっていて、街の景色がよく見えます。

 すごいです! お庭が窓から見えて景色がすごい綺麗です!


「こうしてメニューがあってね、たくさん紅茶やお菓子が頼めるんだよ」


 私はテーブル越しにラルスさまが見せてくださったメニューを見ます。


 えっ! こんなにお金がいるのですか?!

 私は修道院にいたときもあまりお金に触れたことはありませんでしたが、とても自分では買えないものばかりです。

 いいんでしょうか、こんなものを頼んでしまって……。


「ここは貴族だけが入れるカフェだから少し高めなんだ。でもお金はきちんと私が持っているから安心して」


 「なんていってもローゼマリーは遠慮しちゃいそうだね」とラルスさまは笑うと、私が好きそうだというアップルティーを頼んでくださいました。


 しばらくしてアップルティーとチーズケーキが運ばれてきました。

 わあっ!! すごい香りっ!!

 アップルティーは本当に香りがよくてずっとこの香りに囲まれていたい、なんて思っちゃいます。


「さ、召し上がれ」

「(ありがとうございます!)」


 私はやけどをしないように一口飲むと、今度は紅茶の味が口いっぱいに広がってきます。


「よかった、気に入ったみたいだね」

「(ふんふん!)」


 私はもうとても頷いてケーキとアップルティーを交互に楽しんでは、なんて幸せなんだろうとため息をつきました。

 しまったっ! 食事に夢中になりすぎました……。こんなにがっついて食べてはいけませんよね……。

 食べるペースを落とした私に気づいて、ラルスさまは声をかけてくれます。


「大丈夫だよ、たくさん好きなだけ食べて」


 私は嬉しくてこくりと頷くと、お言葉に甘えて次々に口にケーキを運んでいきました。


「ローゼマリー」

「(?)」

「もううちでの暮らしは慣れたかい?」

「(ふんふん)」

「そっか、よかった。もし嫌じゃなかったら、『ローゼ』と呼んでもいいかい?」

「(ローゼ?)」


 あ、なるほど、愛称で呼んでくださるということですね!

 もちろんです!! そんな気持ちで大きく頷いて笑いました。


「ありがとう。私は一人っ子だから君みたいな可愛い妹ができて嬉しいんだ」


 紅茶を優雅に飲みながらそんな風に言ってくださって、とても光栄なことです。

 私もラルスさまのような素敵なお兄さまができて嬉しいです!


 ……私はその時ふと悪い考えが浮かびました。



『お兄さま』



 この響きがたまらなく嬉しくて呼びたくなりました。

 じっと私がラルスさまを見つめるもんだから、ラルスさまは「どうかした?」と尋ねてくださいます。


「(いえっ! なんでもないです!)」


 そんな気持ちで首を一生懸命に振ると、ごまかすようにアップルティーに口をつけます。

 口をつけながらティーカップ越しに見えるラルスさまを見つめて呼んでみました。


「(お兄さま)」


 声が出ないから当然返事はないけれど、呼べた喜びでニヤニヤしてしまいそうになります。

 心の中で呼ぶだけならいいかな? 許されるでしょうか?


 私はこっそりその日から、ラルスさまをお兄さまと呼ぶことに決めたのです──

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