第9話

 エリー先生からのマナーのお勉強は、社交界で必要なものや基礎的なマナーを中心におこなわれました。


「もっと背筋を伸ばすっ! そうっ! 今度は足がぶれてる!」

「(はいっ!)」


 何度もやり直しをしながら、エリー先生のお手本のように動けるように練習していきます。

 少し経った頃には食事のマナーの練習も始まって、なかなか頭がこんがらがりました。


 そしてついに社交界デビュー当日がやってきたのです。


「今日はサイドに髪を寄せて華やかにしましょうか!」

「(はいっ!)」


 この前お兄さまに買っていただいたドレスを着て、鏡の前でクリスタさんに髪を綺麗にしてもらっています。

 どんどん自分じゃないないような素敵な状態に仕上がるので、段々緊張もしてきました。

 今日は私のお披露目パーティーのようでいろんな貴族の皆さまがお屋敷にやってくるそうです。


「さ、できましたよ!」


 わあ~こんなに綺麗にしていただいていいんでしょうか!

 私は自分の格好が信じられなくてくるくるとその場を回って鏡や自分を何度も見てしまいます。


「さ、旦那様たちのところにまいりましょうか」

「(ふんふん)」



 部屋を出てラウンジのほうへ向かうとそこにはお兄さまがいらっしゃいました。

 お兄さまは私のほうを見ると、大変驚いた様子でかたまってしまいました。


 あれ……何か変だったでしょうか。やはり、私には似合わないでしょうか。


 そんな風に思っていると、お兄さまは私に近づいてきてさっと手を差し伸べてくださいました。


「本当に可愛くて綺麗だよ、ローゼ。私がエスコートするから一緒に来てくれるかい?」

「(はいっ!)」


 私はその手をとっていつもよりさらに高いかかとの靴を鳴らして会場へと向かいました。



 会場には思ったよりも多くの人がいらっしゃって、私はびっくりして緊張で身体が動かなくなりました。

 でもお兄さまが「心配ないよ、今日は私が隣にずっといるから」と言ってくださり、私は大きく息を吸ってはきます。

 呼吸が整った頃、お兄さまと一緒に皆さんのほうへと歩いていきました。


 そんな私たちに気づいたようで皆さんの視線が一気に集まります。

 どうしましょう、皆さんに見られています。

 また鼓動がドクドクとしてきて怖くなってきたときに、お兄さまがそっと優しく囁きました。


「大丈夫、私を信じて」


 震える私の手をしっかり握ってくださり、皆さんに向かうように立ちます。

 すると、お父さまが会場にいる皆さんに声をかけて私を紹介しました。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。早速ではありますが、今日は皆様にご報告と紹介がございます。ここにいるローゼマリーを正式に我がヴィルフェルト公爵家の娘として迎え入れます。皆様、どうぞこれよりよろしくお願いいたします」


 お父さまの紹介に合わせて私はドレスの裾を持ってちょんとお辞儀をします。

 それに合わせて会場からは拍手が沸き上がりました。


「ローゼマリー様、素敵なお召し物ですわね」

「(ありがとうございます)」


「髪飾りも素敵ですわ!」

「(クリスタさんにつけていただいたんです)」


 私はご挨拶とお礼を言えないかわりにお辞儀をしてお返事をします。

 皆さんあたたかくて優しい方々ばっかりです。


「ふん、ごますり令嬢たちが生意気な」

「声が出ないそうよ、可哀そうね~」

「それにあの髪飾りって確か亡くなった、アデリナ様の形見のお品でしょう? なんであんな娘なんかに」


 そんな言葉が聞こえてきて、私は少し後ずさってしまいます。

 やはり、私の養子入りは良く思われていないのですね。

 お父さまに言ってご迷惑にならないように早くに下がらせていただかないと……。


「我が妹を中傷するのはおやめいただきたい。母の形見を彼女につけてもらったのは私の意向です。ご意見があるのなら私が承ります」


 私をかばうように前に出てお話をされるお兄さま。

 お兄さまの言葉に皆様ばつが悪そうに下を向かれます。


「父が娘にすると決め、そして私もそれに賛成しました。我が妹は努力家でこの家に相応しい人間です。これ以上愚弄するなら、ヴィルフェルト家を敵に回すと思ってください」

「うぐっ!」


 皆様は気まずくなったのか、「申し訳ございません」と謝ってくださいました。

 振り返ったお兄さまは私に向かって微笑むと、手を引いてその場から連れ出してくれました。


 あ、なんだかとても綺麗な方がいらっしゃいます。

 会場から出ようとしたときに、私はふとその方が気になりました。

 私よりも少し大人な女性で、その方は私と目が合うと、不愉快そうなお顔をされてどこかに行かれました。


 真っ赤なドレスでとても綺麗な女性だな、とふと思いました──

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