第14話
パーティー会場へ来た時とは違い、雨がとても降っていて走っている私の目に容赦なく雫が入り込みます。
ドレスも雨を吸って、もう走れないほど重くなってきて。
クリスタさんに可愛く整えてもらった髪もぐしゃぐしゃに乱れてしまいました。
「──っ!!」
走ったときに飛んだ泥が目に入り、痛くて目を押さえました。
視界がゆがんで目の中がごろごろします。
そんなときに教会が目に入って私はその礼拝堂に駆け込みました。
とても厳かな雰囲気を醸し出すそこは、そとの雨の音が聞こえなくて別世界のようでした。
奥へ奥へと歩いていきながらポタポタと雫の落ちる音が、礼拝堂のシンとした静かな空間に響き渡ります。
私はなんとか目に入った泥を落とそうと、雨の雫で少し拭いました。
なんとか目の前が見えるようになりましたが、少しまだ痛みが残ります。
それにしてもここはなんだか修道院に似ていて落ち着きます。
子供の頃からお祈りをする時間が私はすごく好きでした。
なんだか心が洗われるような、自分を見つめ直すことができて心を落ち着かせるのにとても適しているからです。
ふう……。
少し落ち着いたら先ほどの光景がまた思い浮かんできました。
『ラルス様、好きです』
『ユーリア』
どこからどうみてもお似合いのお二人で、素敵だなと……おも……おもいまし……。
「──っ……」
ふとポタポタと雨の雫に混じって、私の涙が流れているのに気づきました。
修道院での生活でも泣いたことがなかったのに。
苦しくて、苦しくて、胸が痛くて、もうどうしようもなくて……。
お兄さまが好きで、でもお兄さまには恋人がいらっしゃって。
それはとても喜ばしいことなのに、でもやっぱり苦しくて声にならない声で私は大泣きをします。
嗚咽にもならない息の乱れがこの礼拝堂に虚しく響いて消えていきました。
「ローゼッ!!!」
「──っ!!」
私を呼ぶ声がして礼拝堂の入り口のほうを振り返ると、そこには私と同じように雨でびしょ濡れのお兄さまがいて。
ものすごい勢いで私に駆け寄ってき……っ!!
「ローゼッ! よかった……」
勢いよく私はお兄さまに抱きしめられて、心臓がまたドクンと飛び跳ねます。
お兄さま……ここまでもしかして走ってきてくださったのですか?
いつものような落ち着いたお兄さまではなく、息も乱れて焦っているのが伝わります。
私の心臓ではなくお兄さまの心臓の音が聞こえてきて、その鼓動はとても速くなっていました。
「どこも怪我してないかい?」
「(こく)」
お兄さまは私が怪我していないことを確認すると、抱きしめながら頭を優しく撫でてくださいました。
どうしてここに?
そんな私の声はお兄さまには聞こえなくて、そのまま静かに話し始めました。
「なぜ会場を飛び出したんだい?」
「…………」
まさか、お兄さまに恋人がいてショックだったとは伝えられず、黙ってしまう私。
「もしかして誰かに嫌なことをされた? それとも、もしかしてユーリアのことかい?」
「(こく)」
「彼女は恋人ではないよ。私に恋人はいない。だからローゼが私の傍にいることに遠慮しなくていいんだよ」
私が兄の傍にいるのを兄の恋人に遠慮している、と思ったのでしょう。
お兄さまはそのように言ってくださいますが、もし私から恋心を向けられていると知ったらどう思うでしょうか。
「ローゼ」
お兄さまは私の顔を見て頬に手を添えると、優しいお声で言いました。
「大丈夫、私はローゼの傍から決して離れないから。何があっても必ず」
「(お兄さま)」
たとえそれは妹としてのローゼマリーへの言葉だとしても、今はそれだけでいい。
ただ、お兄さまの傍にいたくて仕方ないんです。
いつかお兄さまが誰かを好きになって、そのひとの傍にいるその時まで。
どうか、どうか、少しだけその声を聞かせてください──
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