第15話~Sideラルス~

 大人びた淡いブルーのドレスを着て、私の少し後ろを歩くローゼ。

 最近は本当に魅力あふれる令嬢で、あんなに自信なさそうに俯いていた少女が噓のように溶け込んでいる。

 だが、そこまで前を向いて進んでいけるのも彼女が努力家で素直な性格だからこそ。

 そんな彼女を見て、自分にはもったいない素敵な妹だなと思っている。


 彼女は今日のパーティーでも問題なく回りの令嬢たちと話していて、私の出る幕はなさそうだ。


「ラルス様」


 ふと私を呼び止める声がして振り向くと、そこにはユーリアがいた。

 彼女はフォルツ侯爵家のご令嬢で、よく社交界で昔から会って親交がある。

 ありがたいことに私に昔から好意を寄せてくれているのだが、私としては彼女と一緒になるつもりはない。


「ユーリア、久しぶりだね」

「ええ、先日のパーティーはお招きいただき、ありがとう」

「楽しんでくれたかい?」

「あなたの自慢の妹が見られてよかったわ。そうだ、ここじゃなんだから、バルコニーで少し話せないかしら?」

「ああ、構わないよ」


 ユーリアに誘われてバルコニーに出ると、外は雨が降っているのが見えた。

 なかなか冷え込みもあるが、少し前よりは和らいで来ただろうか。

 そんなことを思いながら外を見ていると、彼女が話を始める。


「あなたの妹さん、ローゼマリーといったかしら? ずいぶん可愛い見た目ね」

「ああ、自慢の妹だよ」

「好きなの?」


 好き?

 ああ、そうかもしれない。


「ああ、可愛い妹として好きだよ」


 そう答えるとユーリアははあ、とため息をついて私に言い返す。


「あのね、わざわざ『妹として』ってつけるなんて『女として見てます』って言ってるものよ」


 ローゼを女としてみている? そんなことわかっている。わかっていて私は目を逸らしてきた。

 私はローゼを好きで、可愛い妹なだけじゃなく、女性として好きだ。


「誰かの婚約者になる前に、最後にお願いがあるの」

「なんだい?」

「もう一度、あなたに好きって伝えていい?」

「気持ちには応えられない」

「わかってるわ。聞いてほしいだけ」


 私は黙って彼女の願いを聞き届けることにした。


「ラルス様、好きです」


 その言葉を彼女が発した瞬間に不意を突かれて胸元に彼女が来る事を許してしまった。

 すぐに彼女を離れさせようとして肩に手を持っていきかけたとき、彼女の身体が小刻みに震えているのに気づいた。

 それで私の手は一瞬止まってしまい、そしてその時にふと目の端に誰かがいるのが見えた。

 そっとそちらのほうへ目を遣ると、そこにはローゼは呆然と立ち尽くすように私たちの方を見ていて、一瞬顔を歪めたと思ったら、そのまま背を向けて走ってしまう。


「ローゼッ!」


 私はすぐに彼女を呼び止めようとしたが、聞こえていないようで会場の外の方へと飛び出していってしまう。

 ユーリアの肩に手をやって彼女を自身から離すと、意外にも彼女は私を睨むような表情で見つめていた。


「行って」

「え?」

「あの子が大事なんでしょ? いってあげてちょうだい」


 それは彼女の強がりだということはすぐにわかったが、今はどうしてもローゼが心配でユーリアの言葉に甘えることにした。


「ごめんっ!」


 私は彼女に謝ると、そのままローゼを追いかけて走り出す。




◇◆◇




 雨は先ほどよりどんどん強くなっているようで、このままではローゼの身体も心配だ。

 会場を飛び出したとなればどの方向に向かったかなど到底見当がつかない。

 私は警備の者にどちらに向かったか聞き、探しに走る。


「ローゼッ!!」


 呼びかけながら探すも、やはり返事もなくただ雨の音だけが耳に届く。

 しばらく当てもないまま探していると、教会が見えてきて、よく見ると礼拝堂の扉が少し開いていた。

 もしかしたらこの中かもしれない。

 一縷の望みをかけて、私は礼拝堂へと入った。


「ローゼッ!!!」


 薄暗い礼拝堂の奥には少女の姿が合って、目を凝らしてみると確かにそれはローゼだった。

 私は安堵の気持ちと申し訳なさで彼女を力いっぱい抱きしめた。

 彼女の細い体が折れてしまうのではないかというほど強く、強く抱きしめる。


「ローゼッ! よかった……」


 私の腕の中に捕まえてやっと安心できて、それでいてまたどこかへ行ってしまうのではないかという不安も起こって来る。


「どこも怪我してないかい?」


 彼女はいつものようにこくりと一つ頷いて意思を示す。

 雨に濡れて冷えてはいるがどこも怪我していないように見える。


「なぜ会場を飛び出したんだい?」

「…………」

「もしかして誰かに嫌なことをされた? それとも、もしかしてユーリアのことかい?」


 そう尋ねると、また一つ頷く。その顔はとても切なそうで、消えてしまいそうなほどだった。

 そうか、私に恋人がいるから近づけないと思ってしまったんだね。


「彼女は恋人ではないよ。私に恋人はいない。だからローゼが私の傍にいることに遠慮しなくていいんだよ」


 そうだ、遠慮なんてしなくていい。

 むしろ精いっぱい求めてほしい、傍にいてほしい、傍にいたい。

 こんな兄の邪な恋心を知ったら、ローゼはどう思うだろうか。

 それでも私は……。


「ローゼ」


 私は……。


「大丈夫、私はローゼの傍から決して離れないから。何があっても必ず」


 そう。必ず君を守ってみせるから。

 たとえ、兄としての私へ向けられている好意だとしても、今はそれだけでいい。

 ただ、今は傍にいたい。


 いつか君が誰かを好きになって、その人の傍にいるその時まで。

 どうか、どうか、少しだけそんな君を独り占めしたい──

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