第23話
翌日のことです。
私の婚約の儀は王宮にて執り行われるということで、私は失礼のない婚約に相応しい少し豪華な衣装で向かいます。
「ローゼマリー様、いってらっしゃいませ」
「(ふんふん)」
「あの、これよかったら……」
クリスタさんが渡してくださったのは綺麗な四つ葉のクローバーをモチーフにしたしおり。
鳥さんが四つ葉のクローバーを加えて飛んでいる絵がかいてあります。
昨日私もクリスタさんに髪飾りをお渡ししたのですが、まさかお返しをいただけるとは。
嬉しいです、ありがとうございます!
クリスタさんとはここでお別れになってしまいます。
なので、お別れのご挨拶をして、私はお父さまとお兄さまと一緒に馬車へと乗り込みました。
窓の向こうではお世話になった皆さんが手を振ってくださっています。
お屋敷の皆さんは声が出せない私にいつも優しく接してくださいました。
なんてお礼を言っていいのか……。
皆さん、本当に、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
馬車は次第に王宮の入口へと入っていきます。
お兄さまは昨日婚約のことを聞いたそうですが、夜から何も声をかけてくださいません。
馬車を降りると、王宮の皆さんのお出迎えが待っており、そのまま謁見のへと向かいました。
しばらく待っていると、国王さまとそして隣国の第二王子オリヴィエさまがいらっしゃいました。
「ローゼマリー、婚約を受け入れてくれたこと、ありがたく思うぞ」
「(とんでもございません)」
私は最大限の敬意を払ったお辞儀をして国王さまにご挨拶をします。
その横に立っておられるオリヴィエ王子は私に目で合図をくださいました。
「それでは、アッシュド国第二王子オリヴィエ・ブランジェ、そしてローゼマリー・ヴィルフェルトの婚約の儀を開始する」
私は婚約証明書にサインをするため、階段を一段一段上っていきます。
その長い階段を上る最中、私の頭の中にはいろいろな光景と言葉が思い浮かびました。
修道院が火事になって見寄りのなかった私を拾ってくださったお父さま。
いつもお世話をしてくださったクリスタさん。
マナーをたくさん教えてくださったエリー先生。
お屋敷の皆さん。
そして、妹として私を受け入れてくださった大好きなお兄さま──
『ん? ああ! 伸ばすのか! リー!! ローゼマリー!!』
そうです、お兄さま、私の名前はローゼマリーというんです。
『私の名前は、こう書くんだ』
お兄さまの名前が書けるようになって嬉しかった。
『私は一人っ子だから君みたいな可愛い妹ができて嬉しいんだ』
私もお兄さまみたいな兄ができて幸せでした。
『私はローゼの傍から決して離れないから。何があっても必ず』
はい、私のこと離さないでくださってありがとうございました。
優しく頭をなでてくださるお兄さま。
笑っているお兄さま。
叱ってくれるお兄さま。
心配してくれるお兄さま。
寝顔のお兄さま。
そして、そして……。
私は後ろを振り返り、お兄さまのほうを見て言いました。
「(お兄さま、ありがとうございました)」
私の口の動きを見てお兄さまは目を見開きました。
どうして最後まで声が出ないの……。
お願い、出て。お願いっ!!!
私は精いっぱいの声を出して叫びました。
「お兄さまっ!!!! 大好きでした!!!」
約一年ぶりに声が出たこと、そして最後にお兄さまに想いを届けられたことがなにより嬉しくて私は涙を流してしまいます。
そして私は最後に微笑むと、また振り返ってゆっくりと階段を上り始めました。
さようなら、お兄さま。
その言葉をつぶやいた瞬間、私の身体は激しい衝撃で揺れました。
気づけば誰かに後ろから抱きしめられていて、いえ、誰かではないですね、この香り、この優しい腕は……。
「お兄さま……」
「ローゼマリー」
耳元で名前を呼ばれてドキリとする。
「ごめん、私は……私は……ダメな兄だ。君をずっと好きで仕方なかった。だけど、見ないふりしてた、知らないふりをしてた」
「お兄さま」
「君の声で、君の思いを聞けて初めて私は自分を動かすことができた。情けない。もっと早くに君を引き留めるべきだった」
お兄さまは消え入りそうな声で私に想いを伝えます。
「ローゼマリー、行くな。行かないでくれ。私の傍にいてほしい」
「でも、でも私はヴィルフェルト家の娘として、行かなければなりません」
「では、私とここから逃げよう。一緒に」
その言葉にオリヴィエ王子が沈黙を破るように、宣言しました。
「ローゼマリー・ヴィルフェルト。私は貴殿との婚約を解消する」
「なっ! オリヴィエ王子!」
焦ったように言う国王と周りの側近たち。
しかし、オリヴィエ王子は皆が言いたいことを理解し、そしてさらに続けました。
「だが、貿易業での協定は予定通り結ばせてもらう。このオリヴィエ・ブランジェの名において、我が父に進言しよう」
「なんと、ありがとうございます」
オリヴィエ王子はマントを翻すと、そのまま謁見の間を出て行かれました。
「お兄さま」
「ローゼマリー。一緒に帰ろうか」
「はいっ!!」
お兄さまと私は手を繋いで、王宮を出て行きました。
今日は私の誕生日だったことに気づいたのは、少し後のことでした──
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