第14話 パンタグラフの上がる音
サウナに入った後でもあり、黄色い液体は勢いよく身体に入り込んでいく。
ビールを飲みつつも、のぞき窓から外を見る。
暗闇と、ぽつぽつと見える民家や建物の灯り。
福岡市内こそそれなりに明るかったものの、街を外れるに従い、段々とそれも少なくなってくる。時々通過する駅の照明が意外と明るい。
折尾、黒崎、八幡、枝光、戸畑・・・。
電気に照らされた駅名標を見るにつけ、今、旅をしている感覚が湧きあがる。
1本目のビールを飲み、2本目を開ける。
それを、ちびちびと御猪口で日本酒を飲むかのように飲む。つまみは特にない。
夕方までにも打上げで飲み食いしていることもあるから、あまり食べたいという気も起らない。
時折踏切の音が聞こえてくる。
ここはデッキに近い位置にあるから、そういう音も拾うわな。
そんなことを思ってみる。
2本目のビールも飲んだし、もう飲むようなものもない。
ここはひとつ、小用を足すついでに水分補給を兼ねて、水タンクの水を飲もう。
堀田教授は寝台を降り、備え付けのスリッパを履いてデッキに向った。
便所で用を済ませ、手を洗うついでに水タンクに備え付けられている紙コップを一つ取り、水を入れて飲む。
今回は2杯ほど飲んで紙コップをくずものいれに入れ、寝台に戻った。
ここは寝台車。車内は寝静まっており、特に人と会うことも、ない。
少しうとうとしていたら、列車が止まった。
折戸の開く音が、デッキの向うからわずかに聞こえる。
この列車には、グリーン車が1両ついている。そこでは幾分、乗客の出入りがある。短距離客はここに乗れば寝台料金まで払うことはないから、案外、電車寝台特急は重宝されている。そんなことを、あの酒屋のアンチャンが言っていたナ。
屋根上で、何物かが動く音がする。
やがて、鉄と鉄とが触れ合う音が聞こえた。
ここは小倉。もうすぐ交流区間から直流区間に入る。
教授が乗っていた寝台の上は、この小倉でパンタグラフの昇降に関わる場所だったのだ。岡山以東の関西方面からの電車特急のパンタグラフのある車両は、下りはこの小倉でパンタグラフを一つ下ろし、上りは逆にパンタを一つ上げる。
これは、直流区間は両方パンタを上げないと走れないが、交流区間は片方でも走れるため。ただし、交流区間は両方上げていても走れるのだ。
「そうか、このことが、中段で屋根が高くなっても特別料金を取らない理由や」
何かを発見したときの喜びのような感情が、教授の胸に飛来する。
来る時のあのパンタグラフの下ろされる音ほどではないが、今は真夜中の寝る前だけあって、その音が耳から体に染入る。
電車は再び動き出した。特に案内放送などもない。
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