第13話 この日最初で最後の車内放送、そして減光。

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 列車がホームに入るや否や、早速検札を済ませる。これは、遅く出て朝早く到着する列車なので、出来る限り早く休んでもらえるようにという乗客専務車掌らの配慮。検札が終わると、すでに荷物を置いていた寝台に登り、比較的ゆったりとした高さのある中段寝台に入り込み、カーテンを閉め、夏物の背広服一式を脱いで備え付けの浴衣に着替えた。


 この電車寝台はB寝台車ながらも浴衣のサービスもある。

 それに加え寝台の幅は70センチと、これまでの蚕棚(かいこだな)と呼ばれた52センチのB寝台車に比べ格段に良い居住環境。三段寝台の中段は空間が狭く着替えにくいが、ここはパンタ下のため、1メートル少々の空間がある。

 これくらいあれば着替えも楽。しかも、下段よりも寝台料金は幾分安い。

 ベッドに備え付けられた灯りの横には、「寝台使用時は禁煙」という注意書がある。堀田教授は煙草を吸うが、のべつ吸うわけでもない。

 窓側には、「のぞき窓」が備えられている。

 ここから、上中段の寝台客は外の景色が拝める。

 彼が一夜を過ごす寝台は、九州島内は山側、本州に入ると海側の、進行方向に対し右側に位置している。


「お待たせいたしました。寝台特別急行「月光1号」岡山行が発車いたします」


 発車ベルがやむと、デッキの向こうの折戸が閉まる。

 物悲し気なタイフォンの音とともに、電車は静かに動き始めた。

 それと同時に、オルゴールの音が車内に響き渡る。

 いささか大きな音だが、いらいらするほどでもない。

 程なく、車内放送が始まる。

 乗客専務車掌は岡山までの途中駅の到着時刻を案内した。

 この列車の食堂車が営業を休止していること、それに加え、車内販売もないことが告げられる。そして今日の最後に、明日朝6時過ぎまで緊急の場合を除き案内放送を中止する旨告げられ、再びオルゴールが鳴る。

 それとともに、車内の灯りが暗くなる。

 夜行列車に乗ったら必ず経験する「減光」。

 寝る時間が来たことを伝えてくれる。


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 堀田氏は、放送の途中にも缶ビールの栓を開け、飲み始めた。

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