第3話 戦利品=土産の対価としての、バーボンのボトル

 かつては宵っ張りで夜遅くまで起きて時には夜の街に繰出していた人も、年を取るにつれ、それも減っていく。その代わり、朝は早くなる。つまり、早くから起きだしてしまうのが相場だ。若い頃からの知合いもまた、皆、一様に年を取っている。

 話している堀田氏当人も、それを聞いている山藤氏もまた、決して例外ではない。


「あの大先生ね。渡辺さんといい岡原さんといい、鉄道の好きな人はしかしまあ、粋なことに目を向けられるものであるな。それにしてもあの鉄道ピクトリアルだっけ、あの雑誌に掲載された東海道の急行のビュフェの寿司の食べ比べなんてこと、記事になる前に早速やってしまわれるような方らには、ついていけんよ(苦笑)」

「私だって、無理です(苦笑)。そうはおっしゃるが、山藤さん近辺の元陸軍関係者の皆様も、御立派な趣味をお持ちの方が多いじゃないですか」

「まあ、そりゃあ、年ですよ、年。若いころは、そんな遊び人のような真似できる状況じゃなかったからな。なんせ、天下の陸軍士官学校ですぞ。まあ、厳しかった。もっとも、あれに耐えられたからこそ、今があるといえば、その通りじゃが」


 山藤氏と堀田氏は、モーニングのパンを食べながらホット珈琲をすすっている。

 岡山発の1番列車の出発時刻までには、もう少し間がある。

 早朝からだと、関西圏からの乗継客はそう多くなかろう。


「堀田先生、お願いがあります」

「何ですか、急に改まられて?」

「先日テンヤマデパートの物産展で明太子を買いまして、それがまた、旨かった。酒のつまみにはなかなか乙でしてね、藤木さんところで買ってきた雄町の純米吟醸のつまみにして飲んだが、いやあ、絶品でありました。そこで学徒兵殿におかれては、この度福岡に出征されるとの由であるから、戦利品として明太子をいただきたい。まあ、土産とも世間では申すようであるが(苦笑)。もちろん、ただで買って参れとは申しません」


 そう言って山藤氏は、バーボンのボトルを差し出した。

「大尉殿、これは、敵の酒を飲んで博多の街に乗り込めという次第でありますか?」

「そういうことであるので、是非とも、よろしくお願いしたい」

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