第8話 食堂車のビーフカレー
広島を出て間もなく、堀田教授は車站部にある水タンクに赴き、持参したプラスチックのカップになみなみと水を入れた。そしてもう一つ、持参したグラスを持出して洗面台で軽く洗い、少し低くなっている屋根の下の座席に戻った。
水入りのカップとグラスをテーブルの上に置き、今朝年長の友人から拝領したバーボンのふたを開け、グラスに半分近くを注いだ。瓶は、鞄の中にもどした。
バーボンの香りを楽しみながらちびちびやりつつ、時にチェイサーとして用意した水もすすりながら、彼は、列車での時間を過ごしている。
「これが、天下の特別急行「つばめ」と言えたものかねぇ」
バーボンの入ったグラスをテーブルに戻し、ぽつりとつぶやく。
客はおおむね4割程度か。
広島から福岡方面というのは、関西圏や東海道ほど客がいるわけでもない。
乗客専務車掌が、車内巡回を兼ねて食堂車方面に向かっていったが、程なくグリーン車方面に戻っていった。列車はやがて、岩国到着。
ここでも乗降は発生するが、広島ほどではない。
列車はつい先程より、山口県内に突入している。
岩国を出ると、列車はいささか大回りになる海側を走る。
かつては内陸を走っていた今の岩徳線が山陽本線に編入されていた時期もあるが、さほどの短縮効果がなかったこともあってか、戦時中に山陽本線に再度戻された区間が、ここから徳山の手前の櫛ケ浜まで。
途中の大畠駅からは国鉄の連絡船も出ている(注:大畠航路。これより数年後に廃止)が、特急はこのような小駅は当然通過する。
柳井、光、下松と、急行クラスなら停車する駅さえも、特急を仮にも名乗るこの列車、わけもなく通過していく。
櫛ケ浜で岩徳線と再合流した列車は、ほどなく徳山停車。
食堂車は11時以降13時までを昼食の時間帯としているが、11時すぐの今頃から満席となるようなことはない。
堀田教授は、すべて飲み切ったグラスとプラ製のカップを鞄に戻して網棚の上に置き、再び、食堂車に向かった。客はあまりいない。
早めに食事をと思い、カレーライスを注文した。
さほど時間を置かず、注文の品がやって来た。
ライスとルーを別に盛る、いささかの高級感を与えるビーフカレーである。
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