第6話
貴族派筆頭であるエンゲルベルト侯爵家の令嬢であるカロリーネは、カサンドラが翻訳をして回してくれた恋愛小説『木こりと食堂の娘の恋』を読んで、
「これだわ!これなのよ!これよ!これよ!これなのよ!」
と、自室で興奮の声を漏らしていた。
『木こりと食堂の娘の恋』は、今までのような陰謀渦巻く後宮や学園の中で、真実の愛を貫き通すためにあらゆる困難を乗り越えるといった内容のものではない。
木材を伐採する木こりと、山の麓の村にある食堂で働く少女が、豊かな自然の中で、時には土砂災害などの困難に合いながらも、愛を育んでいくというハートフルな物語である。
この小説の中では『植林』についても詳しく語られており、強欲な地方領主の差配で木が伐採され尽くし、最後には大きな土砂災害となって襲いかかる自然の脅威が描かれており、
「植林って地道な作業にしか見えないけれど、本当に大事な仕事なのね!」
と、ヒロインが小さな苗木を手にしながら木こりに語りかけるのだ。
「ドラホスラフ様!」
親善のために訪れていた隣国モラヴィア侯国の第三王子と親善パーティーで少しだけ話す事が出来たカロリーネは、午後から王宮の庭園でクラヴァイン王国の王子であるアルノルトとその婚約者であるカサンドラとのお茶会に向かうドラホスラフ殿下を捕まえる事に成功した。
「モラヴィアナの土砂災害についてお話をお聞きして、改善をするためのヒントのようなものが鳳陽国の小説にあった事を思い出したのです。それで、改めてその本を読み直しまして、重要と思われる部分を書き出してみたのです!もしも、殿下にご興味があればと思いまして、無作法ながらお持ち致しましたの!」
移動中の廊下で殿下を呼び止めたカロリーネは紙の束を差し出しながら、ハッとした様子で顔を赤らめると、
「このような場で呼び止めるような不敬をお許しくださいませ」
殿下の前で見事なカーテシーを披露した。
急ぎ足でお茶会の会場である庭園へと向かっていたモラヴィア王国の一行は、不躾にも突然声をかけてきたカロリーナに対して眉を顰めたものの、妃教育と同等の教育を受けてきた彼女の所作の美しさは目を見張るものであり、
「有難う、ありがたく受け取らせて頂くよ」
ドラホスラフ王子は爽やかな笑顔を浮かべながら、差し出された紙の束を受け取った。
彼女が渡して来たのは、最近、頭を悩ませている土砂災害についての対策方法についてというのだから、時間が無い中でも、令嬢の差し出してきた話の内容には大きな興味を持っていた。
すると、こちらの方まで出迎えに来た様子のアルノルトの婚約者であるカサンドラが、
「それなら、カロリーネもお茶会にいらっしゃい。林業に力を入れるモラヴィア王国にとって、土砂災害は喫緊の問題ですもの。きっと、貴女の話を聞きたい人も多いと思うのよ」
と、気さくに声をかけてきたのだった。
王子の婚約者が茶会に招くというのなら、この目の前の令嬢は王家にも重用されているという事に他ならない。
それならばと、カロリーネのお茶会参加を喜んで了承する事になったのだが、その後のモラヴィア王国の面々としては、今まで一度もやってこなかった『植林事業』というものの説明を令嬢から受ける事となり、目から鱗が落ちるような感覚を覚えたのだった。
標高の高い山々が連なるロートリア大陸では、木は伐採したまま、その後は自然に任せるといった状態で放置する為、植林をするという発想自体を持っていなかった。
そこで迎えたのが大航海時代であり、大型の帆船を製作することにより、多くの木々が伐採される事になったのだ。通常よりも多くの木々を伐採し続ける事によって、まるはだか状態になってしまう山が増え続けた。そうした山々に大雨が降り注ぐと土砂災害を引き起こし、近隣の街を土砂が飲み込む事態に陥ってしまう。
「あらかじめ必要とされる木々の苗木を育てて、計画的に木々を植えていくのです。木の種類によって成木になるまでの期間が違うので、本職の方に相談しながら植えていく必要がございますわ。それと、苗木を育てる過程ですが、鳳陽国では老人や子供などに任せているようなのでございます。働き盛りの人は山に入り、力が衰えた老人や、力がまだ足りない子供達が、山の麓で苗木を育てる事で雇用を創出するのですわね」
熱心に話すカロリーネの琥珀色の瞳はキラキラと輝き、太陽の光を浴びた新緑の髪が美しく風に靡いて見える。
まるで女神からの啓示を受けているかのような眼差しでカロリーネの美しい顔を見つめていたドラホスラフ殿下は、そっとカロリーナの手を取って、
「カロリーネ嬢、出来れば私が帰国するまでの間、貴女とお話をする機会を設けさせて頂ければと思うのだが?」
と、熱い眼差しとなって語りかけたのだった。
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