第24話
一年生の時に、有象無象と集まってくる生徒の集団を退けるために、王子と昼食をとる事を約束させられたカサンドラは、アルノルトが学園に来る際には、王子の手作り弁当を与えられる事になっていた。
久しぶりに王子が登校するとあって、朝から一緒に王宮を出たカサンドラは、昼食を摂る前にトイレへと行き、その後に食堂の方へと移動していくと、緊迫した空気に気がついて、生唾を思わず飲み込んだ。
カサンドラが歩いていた廊下には点々と水溜りが出来ていたのだが、その水溜りが食堂の中にまで移動し、カサンドラの足元から点々と水たまりが伸びていく。その水たまりの発生源となるハイデマリーが、頭の先からつま先までびしょ濡れの状態となって、憐憫を誘いながら、何かをアルノルトに向かって訴えている。
「カサンドラ様が・・カサンドラ様が私に対して酷いことをするんです・・殿下が私の面倒を見るように差配されたのがよほど気に食わない様子で、先ほども私の頭からバケツの水をかけて、高らかにお笑いになったのです」
全身びしょ濡れ状態のハイデマリーは胸の前で両手を握り、小刻みに震えながら真っ青な顔で訴えている。
「それ以外にも、私の私物を壊したり、教科書を破ってしまうのです!私は・・私は何もしていないのに!」
この学園の生徒の中で、鳳陽小説を愛読する生徒の数は多い。
まさに良くある、悪役令嬢から虐められているのを涙で訴えるヒロインの構図を見て、
「嘘でしょう?」
「こんな事、本気でやる人間が居るんだ」
と囁く声がやけにうるさく聞こえる。
誰もがハイデマリーの自作自演であると思ったし、悪役令嬢(婚約者)として全くやる気がないカサンドラが、そんな事をやる暇があったら、卒業後に困らないようにするために、新規事業の一つも立ち上げたいと考えている事を大概の者は知っている。
そこに現れたカサンドラは、今までずっとサボって来たけれど、今こそ自分の出番であると理解した。
「おー〜ーーっほっほっほっ!その通り!私がハイデマリー様を全身びしょ濡れにした悪役令嬢カサンドラですわ!」
アルノルトから悪役令嬢の出番だと言われたカサンドラは、今日は早起きをして、豪華な金髪を縦巻きロールにしてみたのだ。
鳳陽小説の悪役令嬢は、必ず、
「おー〜―っほっほっほっ!」
から始まるのだ。生まれて初めての高笑いに、カサンドラの気分は高揚した。
「ひっひいいいいっ!カサンドラ様!お許しください!」
怯えて床に尻餅をついたまま後に後退りする、ハイデマリー・フェヒトを見下ろして、
「まあ!頭からかぶったのってぬるま湯じゃなかったんですの!」
と、カサンドラは驚きの声をあげた。
「体を濡らしているのがお水だから、体がすっかり冷えているじゃない!顔色が悪いのもお湯じゃなくてお水をかぶったからじゃないかしら?今すぐこの子をそこのクロスでいいから包んで、医務室に運んであげてちょうだい」
カサンドラは自分で何かをやろうとはしない。専属の侍女にテーブルクロスを用意させてハイデマリーの体を包んでしまうと、護衛の騎士に、お姫様抱っこで医務室へと運ぶように命令した。
「殿下もいるし、私の護衛は大丈夫よ!」
移動する二人に手を振ると、アルノルトの隣の席に座って、
「殿下、今日のお弁当は肉味噌のおにぎりなのでしょう?私、悪役令嬢としてきちんとアーンしてあげますわ!」
と、張り切った様子で言い出した。
アルノルトは口を開けて、カサンドラが差し出すおにぎりをパクッと食べる。その姿は公衆の面前にも関わらず、イチャつくカップル以外の何ものにも見えない。
カサンドラとしては、公衆の面前で王子にアーンさせる=周りの気持ちも考えず、王子の気持ちも考えず、無理やり食事を提供する悪いやつ、という事になっている。
二人の侯爵令嬢が食堂から外に出ていく姿にちらりと視線を送りながら、いつでも二人の近くの席に座っている側近のクラウスは、無言でトレーの上の食事を食べていく。
「んまあ!この肉味噌のおにぎり!最高ですわ!」
アルノルト自作の肉味噌には、鳳陽国から輸入した二種類の味噌とごま油で味付けをしているため、絶品の味わいとなっているのだ。
白米も鳳陽国からの輸入物、このもっちり食感は輸入物でしか味わえない。
「今日のお弁当のおかずはジューシー唐揚げですのね、相変わらず肉料理への探求が止まらないのが良くわかりますわね!はい!アーーーン!」
自分こそが悪役令嬢と言いながら、全く悪役令嬢の仕事をしていない。そんなカサンドラを呆れた様子で見ていた生徒たちも、
『あほらしい・・・』
とばかりに、自分の食事へと意識を戻して行ったようだ。
その二週間後に、学園で毒を飲んでカサンドラが倒れるまで、学生たちの日々は平穏そのものの様相を呈していた。
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