第23話
ハイデマリーは己の幸せを確信していた。
入学後、ハイデマリーを呼び出した学園長は、世話係としてクラルヴァインの王子であるアルノルト殿下を紹介した。
様々な身分の生徒と触れ合う機会を持って欲しいと考えた学園長は、ほとんど庶民のような存在のハイデマリーとの交流は、アルノルトにとって何かを学ぶきっかけになるだろうと考えたのだが、
「鳳陽小説の展開そのものじゃな〜い!」
ハイデマリーは歓喜の雄叫びを心の中であげていたのを学園長は知らない。
「はじめまして、フェヒト子爵令嬢」
殿下にそう挨拶され、握手をした時には天にも昇る心地であったし、いつものようにあざとく上目遣いで見つめる仕草をするのもコロッと忘れてしまった。
王子は意外にも寛容で、ハイデマリーがぞんざいな言葉使いで話しかけても怒らないし、下町の男の子に対してするように腕に自分の腕を絡み付けて、時には胸を押し付けるような仕草をしたとしても、何も言わない。
女子の柔らかい胸が当たった事でデレデレする事もないし、無理やり振り払うような乱暴な素振りを見せる事もない。
あるのは『無』で、何の感情もあらわさない。側近のクラウスがすぐに間に入って引き剥がしてくるので、長時間、筋肉が程良くついた二の腕を楽しむ事は出来ないけれど、王子の好意を引き出す自信がハイデマリーにはあった。
更には、
「きっと王宮に帰ってから、私の胸の柔らかさを思い出しているのかもしれないわ!王宮できっと一人でデレてるのよ!殿下ったら可愛らしすぎる!」
と、ハイデマリーは勝手に妄想し、隙があれば、アルノルトに甘えた声で話しかけ、アルノルトの腕にぶら下がる。
鳳陽小説の通りでいけば、アルノルトの婚約者であるカサンドラがすぐさま怒鳴りに来て、意地悪を始める展開を迎える事になるのだが、カサンドラは生温かい眼差しでハイデマリーを眺めるばかり。
いつも一緒に居る二人の侯爵令嬢たちとこそこそと何かを話しているようだったが、その話の内容はハイデマリーに対する文句ではない。
「今日は、マーシェリーのケーキを用意いたしましたのよ!」
「まあ!幻と言われるあの?」
「嘘でございましょう!どうやって手に入れたのですか?」
こんな感じで、デザートについての話ばかりだ。
婚約者としてやる気がないともっぱら噂のカサンドラは、最近では王子妃教育もすっぽかして、友人の侯爵令嬢とデザート三昧の日々を送っているという。
ハイデマリーは一度失敗をして、カサンドラをケーキ塗れにしてしまったが、それでもカサンドラは寛容にも許してくれたのだ。
「カサンドラ様もきっと鳳陽小説を読んでいらっしゃるのね!」
鳳陽小説では、大概、男主人公の婚約者が断罪を受ける事になる。悪事を働いた婚約者は追放されたり、処刑されたりと、その物語によって結末は様々だけれど、碌な結末を迎える事がない。
自分が断罪を受けないようにするために、私と殿下の恋を見守るスタンスで行くつもりなのですね!さすがカサンドラ様!先見の明をお持ちでいらっしゃるわ!
小説の中のヒロインの要素を山盛り状態で保有しているハイデマリーは、自分こそがアルノルトの恋人であり、将来の伴侶であると信じ込んでいた。
悪役令嬢役のカサンドラのやる気がないのなら、王子の攻略など簡単なもの!
そうして、編入試験で満点を取っていたハイデマリーは、アルマ公国の王女が学園に留学するという事で開かれた親睦目的でのパーティーに招待されて、そこでエルハム王女と出会う事になったのだ。
エルハム王女は、まさに王子様!というような美しさを持つアルノルト王子に一目惚れをしたらしく、王子の妃になるため、王立学園への留学を決めたという。
アルノルト王子を間に挟んで、王子の腕にハイデマリーとエルハム王女がぶら下がる。
二人は王子を間に挟んだ好敵手という間柄になったのだと、ハイデマリーは勝手に思い込んでいた。
実際に、ハイデマリーは王女と激しく言い合う事もあったし、王女が勉強で困っている時には手助けだってしてあげた。ライバル関係でありながら、王女と良い関係が築けていると思っていたわけだ。
最近まで平民として暮らしていた自分と、公国の王女がライバル同士というのも、普通に考えればあり得ない話だとは思うのだが、王立学園は小説のような世界が繰り広げられているような世界であり、ヒロインである自分が王女と交流を持つことに疑問すら抱かない。
そうして中期の総合試験を終えて、元々地頭は悪くないハイデマリーは学年で八位の成績を収める事になった。もちろん一位はアルノルト殿下、三位に婚約者のカサンドラの名前がのっている。
「エルハム王女様はどうだったんだろう・・・」
図書室でのテスト勉強を二度ほど付き合ったハイデマリーとしては、エルハム王女の順位も気になるところ。上位30名は名前を張り出される事になるのだが、それ以降の順位が張り出される事はない。
「30位以内には入れなかったのかな・・・」
アルマ公国とクラルヴァイン王国の言語様式は全く異なるため、学園での勉強にエルハム王女は四苦八苦しているような状態だった。
一緒に勉強したハイデマリーは、王女は言語の問題もさる事ながら、基礎知識から大きな不足が見られる事にも気がついていた。
公国はお勉強をきちんと幼少期からやらせるような国ではなく、女の子は特に、蝶よ花よと可愛がられて育てられる為、学業はどうしても不足分が出てしまうのだとお付きの侍女から聞いている。例え、今回はテストの点数が低くても、次回頑張れば良いだろうと簡単に考えていたのだ。
まさか王女があのような手に出るだなんて、その時のハイデマリーは思いもしない。
この先、自分に不幸が訪れるなど、思い付きもしないハイデマリーだった。
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