第22話
十歳の時から婚約者の立ち位置にいるカサンドラとアルノルトは、便宜上、同じ部屋で過ごす事は多いのだが、二人の間に不純な行為を匂わすような何かは全く存在しない。
「まあ!珍しく私が起きているうちに寝室にやってきたかと思えば!教科書を破られたハイデマリー様について尋ねたかったのですか!そうですか!そうなんですか!」
その日は早めに仕事を終わらせて、入浴を済ませて身綺麗にしてから寝室へと向かったアルノルトは、まだ就寝せずに本を読んで過ごしていたカサンドラに、ハイデマリーについて問いかけた。
すると、アルノルトの恋愛事情を察したような様子で興奮しながら、妙にニヤニヤした顔でカサンドラはアルノルトを見上げると、
「私がハイデマリー様の教科書を破いたのです!だって私は悪役令嬢なのですから!」
カサンドラは胸を張って言い出した。
「殿下が学園をお休みになっているので、二人の恋はどうなっているんだろうと疑問に思っていたのですけど、きちんと愛情が存在したのですね!」
ちなみにアルノルトはハイデマリーの事など何とも思っていない。
下位貴族(ほとんど平民)との触れ合いが出来るようにと配慮した学園長の思惑などほぼ無視しているし、なんならハイデマリーの面倒全般を側近のクラウスに丸投げしているような状態なのだ。
「二人の間の接点があまりにも少ない為に、不安に思っていた私が当て馬としての役割を担うために、ハイデマリー様の教科書を引き裂き、時には炎で燃やしながら・・・」
「嘘をつくな!嘘をつくな!」
アルノルトは人差し指で何度もカサンドラの額を突いた。
「そもそも、冤罪をふっかけられて死刑判決を受けたら堪ったものじゃないと言い出して、学園滞在中は王室の影をつけているのを忘れたわけじゃあるまい?お前は一度も子爵令嬢の私物に指一本触れていないし、その事を周囲の人間も理解している」
「やめてください!痛いです!」
額を手で覆って逃げ出したカサンドラが口を尖らせて抗議をすると、アルノルトは大きなため息を吐き出した。
「子爵令嬢の私物を壊したという嘘はもうやめろ。お前の方でも、子爵令嬢が王女と手を組んだという事は理解しているんだろう?」
ハイデマリーを毛嫌いしていたエルハム王女は最近、側近くにハイデマリーを常に置いているのだ。カサンドラの意地悪から守るためと本人は主張しているが、そんな事はないのは学園の生徒全員が理解している。
「アルマ公国は男尊女卑が著しい国で、公国の女は子供を産めばそれで良い。都合が良いように、頭が空っぽのまま成長するように教育しているのは知っているだろう?」
「ええ、まあ、そうですわね」
クラルヴァイン王立学園には他国からも高位の貴族や王族相当の人間が留学に来るのだが、これほど頭が悪い王族は史上初めてとまで言われている。
小テストを行えば12点、本テストを実施すれば0点を取る事も度々の状態で、
「これは言語が全く異なるとか、そういうレベルではないと思います」
というのが学園の教師の意見である。
自分の勉強不足を自覚して、不足分を補うために必死に努力をすればまだ良いものの、彼女はそういった努力は一切行わない。最低限のマナーが出来れば、それ以上の努力はしないように幼少期から教育されているからだ。
アルノルトの妃になった時にクラルヴァインの作法を知らなければ、後々大変な事になるという事を王女が自覚をしていた為、カサンドラはバッケスホフ伯爵夫人からマナーを教えて貰えるように手配したのだが、
「私の美貌があればマナーなんか必要ないと言って、3回目のレッスン以降、王女が私の元へ顔を出す事はありません」
と、伯爵夫人は答えて、ふっと息を吐き出すと、
「いつまでも犬以下の生物に躾を施すほど暇じゃございませんので、ご自分からレッスンを拒否されたのは僥倖と思っておりますの。我が伯爵家は今後、一切、エルハム王女とは関わり合いにはなりませんわ」
と、断言したのだった。
バッケスホフ家は伯爵身分ではありながら、建国から続く由緒正しい家である、過去には二度ほど王女が降嫁した事がある。バッケスホス夫人は元々が伯爵家の令嬢であり、祖母は先々代の王の妹に当たられる。
つまりはどういう事かというと、バッケスホフ伯爵夫人は王国内でかなりの力を持っている為、アルノルトの母である王妃でさえ下にも置かない扱いをする人である。
カサンドラも伯爵夫人から直々にマナーを教わってきたが、
「野猿の子供に何を教えたところで意味がない」
と、何度言われてきたことか。
アルペンハイム侯爵家の令嬢を野猿扱い、王妃は野良猫扱いだったらしい。仕方ないのでカサンドラは野猿扱いを受け入れたし、認められるまでに何年も月日を要したのだが、伯爵夫人に認められれば、クラルヴァインの社交界に怖いもの無しという状態にもなるため、歯を食いしばって頑張ったという覚えがある。
その伯爵夫人に拒絶されたエルハム王女は、今後、クラルヴァイン王国の社交界に受け入れられる事はない。
祖国であるアルマ公国に学園卒業後、戻るのならば何の問題もない。だけれども、本人が望む通りクラルヴァインの妃となるのならば、そういう訳にはいかない伝統というものが我が国にはあるのだ。
「最初はアルマ公国の王女としてチヤホヤされていたエルハム様も、あまりのおバカぶりに周囲も困惑を極めているのもまた事実ではありますが・・・」
公国の王女が次期王妃という事も全く無い話ではない為、王女におべっかを使う生徒もそれなりの数、存在していたのだ。だけれど、バッケスホフ伯爵夫人に三行半を突き付けられたという噂が流れるうちに、蜘蛛の子を散らすように生徒がいなくなってしまった。
今、王女の周りに居るのは、アルマ公国との交易を拡大したいと目論む子弟のみで、女子生徒は一人もいないような状態だ。
常に男子生徒に囲まれているので、逆ハーレム状態を堪能していると言っても間違いない。
「明日は私も学園へ行こう。私が学園に居る間には、カサンドラには常に私の隣に居て欲しい」
「えええー〜―?」
現在、王女の夜這い阻止のため、寝室まで一緒という状態だというのに、学園でまで一緒だなんて面倒すぎるとカサンドラは思った。
「私の側に悪役令嬢を置く事によって、二人がどんな反応をするか見たいと思う」
アルノルトが言う悪役令嬢、それはカサンドラの事を意味する。
「自分こそが悪役令嬢だと宣言しながら、今まで満足な働きひとつしなかったお前に、活躍する場を与えてやろうとしているのだがな」
「悪役令嬢としての活躍!」
カサンドラは自分こそ悪役令嬢だと思っているのだが、確かに、今までその立場をエルハム王女に譲り渡してきた。
だがしかし、本来の悪役令嬢はカサンドラであるべきだし、実際にハイデマリーの私物は壊され続けているのだ。
アルノルトに協力しつつ、冤罪は免除の上で真実の愛を掴む手伝いが出来るのであれば、ここで辣腕を振るわないで、いつ振るうというのだろうか?
「わかりました!今まで数多の鳳陽恋愛小説を翻訳した私が!これこそ本物の悪役令嬢だという所を殿下の前で実践してみせますわ!」
「楽しみだな」
カサンドラは悪役令嬢の傍若無人エピソードを頭の中で巡らしながら布団の中に潜り込むと、添い寝をするようにベッドに潜り込んだアルノルトがギラギラするような眼差しで自分を見つめている事に全く気が付いていなかった。
いつもはカサンドラが寝入った後にやってきて、起きる前にはすでに居ないアルノルトが、珍しく一緒に褥に入った事にも気が付かず、
「あああ・・悪役令嬢としてどうやったら皆様に強烈なインパクトを与えられるかしら・・・」
と、そればかりを考えていたのだった。
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