第21話

 クラルヴァイン王国の王子であるアルノルトが十歳の時に決められた婚約者がカサンドラであり、アルノルトの前でカサンドラは断言するように言い出した。


「私は悪役令嬢なのだと思いますの」


 カサンドラ曰く、まず名前からして悪役令嬢なのだという。

 カサンドラ、名前の響きが傲慢そう、偉そう、強そう、悪役っぽいというわけだ。


「それにこの髪色、キンキン過ぎて派手過ぎます。それにこの紅玉の瞳もいけませんわね、悪魔っぽいですもの。それにこの気の強そうな感じで吊り上がっている目、対面する相手に緊張感をもたらします」


 自分は王子が真実愛する人を見つけるまでの婚約者。悪役令嬢のような当て馬役を担いながら、アルペンハイム家の総力をかけて、アルノルトが愛する人と結ばれるように協力すると断言したのだった。


 カサンドラは無数の鳳陽恋愛小説を翻訳しており、翻訳済みの本を何冊もアルノルトは読んでいる。


 大概、何処かの皇帝やら皇帝の息子やらが、身分の低い女と恋愛をして、数多の困難を乗り越えながら結ばれるといったような内容で、そこに出てくる悪役令嬢は、大概、男主人公の婚約者または婚約者候補である。政略的な理由で選ばれた女性であり、男主人公と女主人公の恋のお邪魔虫になるような役割を担う事になる。


「私は悪役令嬢なのだと思いますの」

だとか、

「王子を全力で応援します!」

と言っている割には、カサンドラは悪役令嬢としてのやる気が全くないと思われる。


 学園長から元庶民で三年から編入してきたハイデマリー・フェヒト子爵令嬢の面倒を王子が見るように言われたところ、調子に乗ったハイデマリーがアルノルトの腕にぶら下がってきても文句も言わないし、

「アル様―〜―!」

と、甘えた声で愛称呼びを強行したエルハム王女がもう片方の腕にぶら下がったとしても、

「・・・・・」

足を一歩、前へと踏み出そうとしながら、そのまま前に出そうとした足を元に戻して、見なかった事にしてその場を去って行ってしまうのだ。


 悪役令嬢ならば、

「私の婚約者である殿下に平民風情が何をしているの!恥を知りなさい!」

と、ハイデマリーに対して罵るべきであるし、


「アルマ公国にはマナーというものがないのかしら?さすが売女の国ね!王女といえども異性に体を密着しないではいられないのでしょう!破廉恥だわー〜!」

くらいの事は、エルハム王女に対して言うべきだろう。


 鳳陽小説の悪役令嬢とはそういうものなのだ。高飛車で傲慢、自分の発言が後で問題になろうがお構いないしに、自分の婚約者を囲い込むため、あらゆる手段に出るはずなのだが、

「コンスタンツェ様!カロリーネ様!今日は噂のカフェに行く日でしょう?何を注文するのかお決めになりましたのー〜?」

と、近くに居る二人の侯爵令嬢に声をかけている。


 元々やる気がなかったカサンドラは、エルハム王女が学園に通い始めてからは、悪役令嬢のポジションを王女に譲り渡してしまったらしい。


 そうして、平民と他国の王女の戦いにクラルヴァイン王家が関わるのも馬鹿馬鹿しい話であるため、アルノルトは公務を理由に学園を欠席する事にしたのだった。


 アルノルトが学園に居なければ、例え、不在時に何か問題を起こしたとしても、それは二人の問題として片付ける事が出来るのだ。


 他国との貿易を盛んに行なっているクラルヴァイン王国は、最近ではスーリフ大陸の玄関口とも言われており、クラルヴァインが他の大陸から仕入れてくる品物の購入を数多の国が望むようになったのだ。


 持ち込まれるのは鳳陽国の最先端技術から、アルマ公国のスパイス、クラルヴァインが植民地としている新大陸で採掘される金やダイヤモンドの輸入など様々あり、各国との折衝は多岐に渡ることもあって、現在、アルノルトは多忙な日々を送っているのだ。


 そんなアルノルトの元には、同じように学園を休んで補佐をしている側近のクラウスが常に身近に居るのだが、

「はあ?ついにカサンドラが悪役令嬢になっただって?」

側近の報告に、アルノルトは思わずインク瓶をひっくり返しそうになってしまった。


「ええ、そうなんです。ハイデマリー嬢の私物が壊され、教科書は破られ、彼女が利用していた鞄が噴水の中へ放り込まれる事件があったそうで、その全てを、カサンドラ様がやったのだと子爵令嬢が主張しているようなのです」


「周りはその主張に何と言っているのだ?」

「うちの学園は鳳陽小説の読者がたくさんおりますから、あまりに良く見る鳳陽小説あるある展開に、まるで物語の進行を眺めているような状態で静観しているようです」


「その間、エルハム王女はどうしているんだ?」

「今までハイデマリー嬢と言い争いを続けていた王女は、ころりと態度を変えた様子で、教科書を破られたハイデマリー嬢が可哀想だと慰めているような状態で、こんな酷い行いをするカサンドラ様は殿下の婚約者にはふさわしくないと公言されているようです」


 アルノルトは思わずため息を吐き出した。


 親善目的でアルマ公国を訪問したアルノルトは、公国内にクラルヴァイン王国の儲けとなるような物が何かないかと探すため、カサンドラを同伴させる事に決めたのだ。


 カサンドラの予定としては、学園の卒業パーティーでアルノルトから断罪され、身分を剥奪されて市井に放り出されるか、国外への追放を宣言される事になっているので、すでに国外に一部の資産を動かしているし、国内に独自の事業を立ち上げて、個人で大きな収益を上げているのだ。


 カサンドラは語学が堪能で好奇心が強く、追放後に食いっぱぐれる人生を送らないようにするために、新規事業のネタになるような物が転がっていないものかと常に考えているような所がある。


 公国を訪れた際には、日常的に公国民が使用している、安価なスパイスに目をつけて、そのスパイスを使ったカレーのレシピ開発をアルノルトに丸投げした。

 料理大好きアルノルトは嬉々として、王国でも好まれる味にアレンジしたレシピを開発したのだが、そのレシピはカサンドラによって無料で公開される事になったわけだ。


 鳳陽食が大好きなカサンドラは、領地で米の栽培に力を入れていたのだが、クラルヴァインの国土で米を作ると、どうしてもパサパサな食感の米になってしまう。カレーと一緒にパサパサ白米を普及させたら、非常時用にと備蓄していた消費期限ギリギリの白米でもあっという間に捌けるだろうと踏んだところ大当たりをして、地方の食糧事情がかなり改善されたと喜ばれる事になったわけだ。


 カサンドラは悪役令嬢としては全くやる気がないのだが、断罪を受けた後の我が身の振り方については熱心に考えている所がある。それが国益に通じるという事を多くの官僚が知っている事もあって、本人の考えとは裏腹に、次期王妃として期待度はかなり高くなっているというような状況なのだ。


「あのやる気のないカサンドラが、わざわざ子爵令嬢の私物を壊して歩いているわけがないだろう?何故そんな話になったんだ?」

「おそらく、ハイデマリー嬢とエルハム王女は手を組んだのではないでしょうか?」

「なに?」


「カサンドラ様は、王子の婚約者としてやる気がないのは別として、国民にとても愛されている令嬢なのです。彼女のお陰で鳳陽街が作られ、更にはアルマ街も出来て、多くの国々が我が国に興味を持つようになりました。国外より観光客が訪れれば、異国の外貨が国に落とされ、国民の生活も潤うのは必定。国が豊かになる施策の先駆けを幾つも立ち上げるカサンドラ様を学生のうちに潰すには、お互い協力した方が良いと思われたのでしょうね」


 鳳陽小説の王道といえば下剋上、身分が低い娘が王族と結婚する事によって玉の輿に乗るのが当たり前となっているのは知っている。


 それを現実に当て嵌めているハイデマリーは頭がおかしい変人であるとアルノルトは認定しているのだが、ここで平民のハイデマリーと手を組んだエルハム王女に、アルノルトは強い違和感を感じた。


 アルノルトはエルハム王女の夜這い対策と銘打って、カサンドラを王太子妃の部屋に住まわせ、寝室を同じくしているのだが、その日はまだカサンドラが起きているうちに訪れ、、学園で何が起こっているのかを確認する事にした。

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