第20話

 気に食わない!気に食わない!気に食わない!気に食わない!


 クラルヴァイン王国の学園に入学して、始めの三日ほどはアルノルト王子もエルハムの面倒を見てくれたものの、三年生となった王子は必修科目を全て終えているような状態だった為、公務のために学園を欠席する事が多くなっていたのだ。


 元々、言語形態から違うアルマから留学してきたエルハムにとって、教科書を読むところから躓き、高度すぎる数式に思考が停止し、作法の違いから頭痛を感じるようになっていったのだった。


「クラルヴァインの作法を熟知されたいのなら、バッケスホフ伯爵夫人を頼った方が宜しいと思いますのよ?」

 エルハムがアルノルトに纏わりついても文句も言わず、ただ、静観し続けるカサンドラは、婚約者の立場というものにあまり未練を感じていないらしい。


「そうですわね!バッケスホフ伯爵夫人でしたら、王子妃教育の講師も務められる方ですし、王女の指導にはうってつけだと思いますわ!」


 学園でマナーを受け持つ講師もそのように言っていたので、エルハムはバッケスホフ伯爵夫人からの指導を受けられるように手配をした。しかし、それが間違いだったのだとエルハムは思う。


「まあ!いくら風土や文化が違うとはいえ、エルハム様はアルマ公国の第一王女としての立場でクラルヴァイン王立学園へ留学されましたのよね?だというのに、まさか!これほど何も出来ないだなんて!そこらの野良犬でも連れてきてマナーを教えた方がなんぼかマシかと思うほどの酷さでございますわね!」


 バッケスホフ伯爵夫人の暴言がとにかく凄い。この暴言は王妃にも、アルノルトの婚約者であるカサンドラにも通常運転で向けられるという事なので、異国の姫君程度のエルハムでは文句を言う事すら出来ないらしい。


「エルハム様はアルノルト殿下の妃になりたいのですよね?」

「クラルヴァイン王国の妃になると豪語されていましたよね?」


 公国から付き従ってきた侍女が言うには、王国のマナーなど、渡航の前から出来て当たり前、今までサボって来たツケが回ってきただけだから仕方がないと言う。


 学園で行われた小テストで0点を取った時にも容赦がない。


「言語の問題云々を言っている場合じゃございませんでしょう!我が公国の王女がこのような点数を取ったなどと公になれば、姫様の廃嫡だって考えられるかもしれませんよ!」


「数学は言語など関係ないのではないですか?カサンドラ様を見てごらんなさい!領地経営学で満点を取っていらっしゃるのですよ!姫様とは比べものにならないくらい難しい計算をされているのです!」


「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!」


 エルハムは侍女を遠ざけ、枕に顔を押し付けながら号泣した。


 エルハム王女に仕える者たちは、子供を作れれば頭は空っぽでも問題ないと豪語する王家の風潮を打破するために、第一王女であるエルハムには是非ともこの国で多くの事を学んで欲しいと考えている。


 王女が望む通りアルノルト王子の妃となるのであれば、あのカサンドラよりも聡明である証を示さなければならない。それは今まで甘やかされるだけ甘やかされてきたエルハムにとっては苦しく厳しい戦いとなるだろうが、周りの者は、それでも王女には頑張って欲しいと期待を抱いていたのだが・・・


「あんな奴、死んじゃえばいいのよ!」


 エルハムの頭の中では、自分がカサンドラよりも優秀である事を示して王子の愛を獲得するよりも、邪魔な婚約者をあっさり排除するという楽な道しか思い浮かばなかった。


「私一人だったら目立ってしまうから、他の人間を巻き込まないと・・・」


 カサンドラは殺す一択、邪魔者は排除するに限るのがアルマ公国の一般的な考え方という事もあり、

「どうやって殺したら良いのかしら・・・」

エルハム王女の思考回路は完全に悪役令嬢のそれになっていた。


「巻き込むならハイデマリーにしましょう」

 子爵令嬢であるハイデマリーもまた、エルハムにとって排除すべき対象の一人である。

「そういえばあの娘、面白い事を言っていたわよね・・・」


 ハイデマリーの頭の中は鳳陽小説の恋愛物語が渦巻いているし、なんなら自分は物語のヒロインであると自負しているところがあるのだ。


「あいつの言っていたアレに私が協力すれば、きっとみんなの非難の眼差しがカサンドラに向く事になるでしょう。それからは・・・」


 考えるだけでワクワクする、カサンドラを破滅に追い込むためにエルハム王女は頭を高速で回転させ始めたのだった。

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