第19話
「お兄さま!なんでカサンドラ様を誘惑しないの?お兄さまだったら、あんな女を転がすなんて朝飯前の事でございましょうに!」
クラルヴァイン王国に移動をしてきて一ヶ月、交易や関税についての話し合いが遂に終わり、翌日にはアルマ公国へと帰国する事となったシャリーフへ、エルハム王女は怒りの声をあげたのだった。
「お兄さまにはご自慢の顔があるじゃないですか!どんな女も落とせない事はないと豪語されていたじゃありませんか!だというのに今までの一ヶ月間、何をされていたのですか!」
妹とお茶の席についたシャリーフはあからさまにため息を吐き出した。
「カサンドラ嬢はアルノルト殿下の妃待遇で王宮に滞在しているし、結婚の儀式はあげていないけれど、寝所も共にしていると言うんだよ?夜這いなんかまず無理な話だし、廊下で捕まえて、何処かの部屋に引き摺り込んで、無理やりことに及ぼうなんて事でもしたら、国交問題に発展するでしょう」
「お兄さまにそこまで鬼畜な行いをやってもらおうとは思っておりません!カサンドラ様をお兄さまに夢中にさせて、アルノルト殿下の婚約者の座を放棄して、アルマ公国までついて行く位まで惚れさせなさいと言っているだけで!」
「そんなの無理でしょう」
カサンドラとは何度かお茶をしたのだが、彼女は心の奥底から婚約者であるアルノルトを愛している等という感じではなく、二人の関係は、アルマ公国を訪れた時から1ミリも動いていない、親友同士のような間柄だとシャリーフは判断した。
カサンドラ自身、アルノルト王子にそれほど執着しているわけではなく、王子が真実好きな人が現れれば、自分はもちろん何の異論を唱えるつもりもなく、あっさりと身を引く所存であると豪語していた。
カサンドラがこのようなつもりでいるのだから、エルハムにこそ王子を誑かして貰いたい。まあ、聡明そのもののカサンドラとおバカなエルハムを比べて考えたら、答えなんてものは良くよく考えずとも出てくるだろうと思うのだが。
「そもそも僕は、王子の気を引くのなら搦め手から攻めて行かなければいけないと助言したよね?王妃様とはお茶会をしたのかい?」
アルマ公国と違って、クラルヴァイン王国は一夫一妻の国となるため、現在の国王も王妃は一人のみである。アルノルトの母である王妃を攻略しなければ、進めたい話も進まないと助言はしていたのだ。
「王妃様とのお茶会はしたわよ」
「それでどうだったの?」
「どうだったもなにも・・・」
アルノルトの母となる王妃マリアンナはエルハム王女にこう問いかけたという。
「貴女はアルノルトに何を食べさせてもらったの?」
何を食べさせて貰ったのかと問われて、王子とのお茶会で出された焼き菓子やケーキの種類を述べたところ、
「それじゃあ見込みなしですね」
と、あっさりと王妃は答えたという。
それからの対応は酷くあっさりとしたもので、異国から留学してきた貴賓に対する節度ある付き合い(王妃としては、ほぼ放置ともいう)となって今に至る。
「まあいいや、僕はこれからカサンドラ嬢との予定があるから失礼するよ」
「え?お兄さま?カサンドラとこれからデートなの?」
「まさか!」
シャリーフは大きなため息を吐き出した。
「カサンドラ嬢所有の印刷工場の視察に行くんだよ。最近、鳳陽国から最新の印刷機を導入したらしくてね、今までの物とは一線を画したものとなるみたいだから、帰国前に是非とも見ておこうと思っていてね」
遥か遠方に位置する鳳陽国では技術革新が進んでおり、今まで手作業で行われていたようなものが、一気に進められる機械の開発が各国の注目を集めていた。
機械の輸入だけでなく、それをメンテナンスする技術者の獲得にも力を入れている関係で、クラルヴァインの王都には最近『鳳陽街』なるものが形成された。
鳳陽食に始まり、様々な食材から漆器類、家具まで取り揃えられた街で、船で移動してきた鳳陽人もストレスなく、クラルヴァインでの生活に馴染むことが出来るのだという。
鳳陽だけでなく、アルノルト王子と婚約者のカサンドラがアルマ公国を訪れて以降、アルマの食文化までもがクラルヴァインに取り入れられた。
規模は小さいながらも『アルマ街』なるものも形成されており、ここに来ればソウルフードであるカレーも食べ放題。
カレーについてはアルノルト王子によるレシピが一般市民に公開された事により、労働者階級の人々に好んで食べられるようになったという。
アルマ街で食べるような本格的な物ではなく、クズ肉、くず野菜にスパイスを加えて煮込んだカレーは安価で食べる事が出来るため、鉱山の麓の街などでは店が軒を連ねているような状態らしい。
モチモチ食感に作れなかったパサパサ食感の白米を国内で処分するため、カサンドラが行った施策らしい。スパイスと白米を安価に仕入れられるルートを作り上げ、労働者の食欲を刺激した。食糧事情が良くなる事で地域の活性化に繋げることが出来たようで、クラルヴァイン王国は今、色々な意味で熱いのだ。
「諸外国の様々な良いところを取り入れる柔軟な考えは我が国も尊重するべき所であるし、公国の今後の発展ためにも学ぶべき事は山ほどあるよ」
「まあ!お兄さまが女の人の事じゃなくて、国の事について考えるだなんて!明日には槍が降るかもしれませんわね!」
シャリーフは思わずため息を吐き出した。
第二王子と言っても後ろ盾もないような自分では、そろそろ本気になって今後の人生について考えなければいけないのだ。
鳳陽街だとかアルマ街のきっかけとなったのは、カサンドラ所有のレストランであり、
「いつ何時、王子の婚約者の座から降ろされるか分かったものではございませんし、王子の婚約者ではなくなった私の行き先など、碌なものではないのは分かりきった事でございましょう?どうせ市井に降りるのが見えているのなら、後々苦労しないように今から色々とやっても損はありませんものね」
と、言われた時には目から鱗が落ちるような感覚を覚えたものだった。
どうせ公王となれるわけもない。だったらその先の人生を見込んで、例えば市井に降りたとしても何の問題もないように、今から動く事に何の問題があるというのか。
資産を使って印刷機を購入しても良いし、レストランを開いても良い。兄の気に触らない程度で、国を活性化させるような事業の立ち上げをと、ちょっと考えるだけでもワクワクしてくるのだ。
「エルハムも留学をしたのだから、国の為になるような物を学ばないといけないよ?」
「私はアルノルト王子の妃となるのですもの!何の問題もありませんわ!」
エルハムは正妃の娘となるのだから、今のままでも何の問題もないのかな・・・
そんな事を考えながら、シャリーフは苦笑を浮かべたのだった。
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