第2話

「そういえば私、最近、面白い本を読みましたのよ」

 唐突にカサンドラは話題を変えると、侍女に持って来てもらった本を二人の前に差し出して見せた。


 鳳陽(フンヤン)国の本であり、文字の形態が全く異なるため二人は読む事が出来ないが、カサンドラは読み終わった後に本国の言葉に訳して二人に回してくれるため、楽しみにしながら待っているのだった。 


「ネタバレになっちゃうから申し訳ないのだけど、この本はちょっと特殊だったので中身についてお二人にも説明しておこうかと思うのよ」


 カサンドラは長いまつ毛を伏せるようにして本を眺めながら、この恋愛小説では、婚約者が居るのにも関わらず、明るく楽しい令嬢(身分は低い)を気に入った皇帝が、あの手この手で妨害をする婚約者を最後には断罪、追放をして、最後には愛する令嬢(身分は低い)と結婚して幸せになりましたという内容なのだと説明し、

「そこで思ったの、私って見るからにこの小説に出てくる悪役令嬢みたいだなって」

 と言って、指に掬い取るようにして自分の髪の毛を持ち上げた。


「この小説の中に出てくる悪役令嬢・凛風(リンファ)は、高位の貴族であり、派手な髪色、派手な顔立ち、気の強そうな瞳に勝ち気な性格だっていうでしょう?私はこの人ほどやる気に満ち溢れてはいないけれど、ちょっと、実家没落とか追放とか嫌だなって」


「で・・で・・でも・・アルノルト王子が浮気するとも限らないですし?」


 小首を傾げながら上目使いで見つめてくるコンスタンツェの翡翠色の瞳を見つめながら、カサンドラは口元に皮肉な笑みを浮かべた。


「あなた、自分が婚約者に選ばれなくて良かったって一瞬思ったでしょう?」

「えええ!まさか!!」

 視線を左右に揺らすコンスタンツェにカサンドラは優美な微笑を浮かべた。


「最近は戦争なんかもありませんし、平和そのものの時代が続いていますしね。これほど安定した治世なら、侯爵家の娘など娶らなくても、王子に真実の愛をもたらした相手を迎えても問題ないだろうと判断されるでしょうね」


「王子が真実の愛の相手を見つけた前提でお話をしているような?」

 カロリーネが小首を傾げながら問いかけると、カサンドラがクスリと笑う。


「要するに何が言いたいのかというと、私が婚約者に決まったからといって、無事に王子妃になるとは限らない。私の予想でいけば、ほぼ九割方、結婚までには辿り着かないと考えていますの」


「「どうしてですか?」」

 二人からの同時の問いかけに、カサンドラは小さく肩をすくめてみせた。


「王家派も貴族派も、自分の派閥から妃を輩出したいと、私が婚約者として決まった後も考え続ける事でしょう。うまくいけばコンスタンツェ様、あなたが王子の妃になるかもしれないし、カロリーネ様、あなたが王子の妃になるかもしれない」


 紅茶のカップとソーサーを取り上げたカサンドラは上品に紅茶に口をつけると、二人に向かって微笑を浮かべた。


「私のお父様が両派閥を抑える事になるのでしょうが、上手くいくとも限らないでしょう?ですからお二人とも、私と一緒に妃教育を行いませんか?」

「ええ?」

「私たちも一緒に王宮に上がるという事ですか?」


 カサンドラとしては、二人も一緒に王宮に上がって妃教育を行ってくれると手間が省けてちょうど良いのだが、三人の面倒を見るほどの予算は組めないと父親から言われている。


「そう出来たら良かったのだけど、それはそれで争いの種になると言われてしまって。とりあえずは私自身が教わった事を、お二人に教えるという形にして、もしもどちらかが急にお妃として決まっても問題が出ないようにしたいと思いますの」


 王子の婚約者となったカサンドラからお茶会に誘われた時には、勝ち誇った顔で迎え入れられ、『羨ましいですわ!』『素晴らしいですわ!』というような事を言葉の節々に加えていかなければいけないと覚悟を決めてやってきた二人は、話の展開が思いもよらない方向に進んでいくため、思わず目を見開いたまま固まってしまった。


「わ・・わ・・私たちにまでお妃教育を施すのですか?」


「あなた達のお父様にも言って頂戴!中立派からは今まで妃は輩出されていないのだし、今回も最後の判断は変わるかもしれないから、私からあなた達に対して教育を伝える形にしますって。そうしたら、自分の娘が妃になる夢が完全に潰れたわけじゃないって考えるしょうし、あなた達の待遇だって悪くはならないと思うのよね?」


「そ・・それに、もしもお妃にならなくても、かりそめでもお妃教育をしていましたとなれば箔がつきますわよね?」

 この子は意外と現実的なのよね。

 そんなことを考えながら、儚げな印象のカロリーネに向かってカサンドラは笑みを浮かべた。

「その通り、立派な箔となってあなた達を輝かせる事でしょうね」


 実際、令嬢たちの箔付はもちろんの事、出し抜く形となったアルペンハイム家への風当たりを弱くする効果も狙っている。


「私たちが、アルノルト王子の妃に選ばれるなんて事があるのでしょうか?」

 期待半分、恐れ半分といった様子で問いかけるコンスタンツェを見つめて、カサンドラはテーブルの上に置かれた本の表紙を撫でながら言い出した。


「私は、学園で殿下が平民と恋して妃にするに一票かけたいと思っているのですけどね」


 最近、二人にも読ませた鳳陽国の恋愛小説に、学園で恋をして身分差を超えて結ばれるという内容のものがあったのを思い出した二人はキャッキャッと騒ぎ出した。


「学園にてヒロイン登場ですわよね!」

「身分差ラブ!素敵ですわよね!」

「まあ、私は悪役令嬢なんて面倒臭くて嫌ですけど、その役はお二人に任せるという事で」

「嘘でしょう!私は悪役令嬢なんてやりません!」

「実家没落でしょう!冗談じゃありませんわよ!」


 その後のお茶会は和やかな雰囲気のまま幕をおろしたのだった。


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