第3話
普通、婚約が決まったらまずは私に挨拶に来るものではないだろうか?」
クラルヴァイン王国の第一王子であるアルノルト殿下は、王宮のサロンに用意されたお茶の席にカサンドラがつくなり、不服そうな表情を浮かべた。
銀色の髪に王家の特徴である金の瞳を持つアルノルト第一王子は、カサンドラの兄から剣の手ほどきを受けている事から、二人とも全く知らない間柄というわけではない。
銀糸の刺繍をあしらった純白のシャツの上に豪華な生地で仕立てた丈の長いヴェストを羽織り、漆黒のトラウザーズに黒革のブーツを履いている王子は、物語に出てくる王子様そのものの美しい容姿をしているため、貴族女性だけでなく国民にも人気がある。
王子の向かい側の席についたカサンドラは、侍女から受け取った本を王子の前に差し出しながら言い出した。
「私、鳳陽国から出版された本を拝読していて気が付きましたの」
王子は目の前に置かれた本を開いて見たが、鳳陽文字は全く異なる言語となるため、複雑怪奇な小さな絵画が無限に並んでいるようにしか見えない。
「私は悪役令嬢なのだと思いますの」
カサンドラ曰く、まず名前からして悪役令嬢なのだという。
カサンドラ、名前の響きが傲慢そう、偉そう、強そう、悪役っぽいというわけだ。
「それにこの髪色、キンキン過ぎて派手すぎます。それにこの紅玉の瞳もいけませんわね、悪魔っぽいですもの。それにこの気の強そうな感じで吊り上がっている目、対面する相手に緊張感をもたらします」
何を言い出したのか理解できなかったが、王子はとりあえず最後まで婚約者の話を聞く事にした。
「身分も侯爵令嬢、我がアルペンハイムは貿易で儲けているので鼻持ちならないですわよね。金持ちで悪役顔、これすなわち悪役令嬢だと思いますの」
カサンドラは紅茶を一口飲むと、
「悪役令嬢、これすなわち、最初は王子の婚約者になると決まっていますのよね」
と言って、ため息を吐き出した。
「悪役令嬢と言うのだから誰かの悪役でなければなりませんわね。つまりは、こんな私に対して嫌気がさした殿下はそのうち、朗らかで明るく、頭のネジが緩んだ、ちょっと馬鹿な所がご愛嬌という女性を愛する事になるでしょう。二人の仲を邪魔するのが婚約者である私の役目ですわね。そうして、学園の卒業式の後に行われるパーティーに呼び出された私は、殿下から婚約破棄を告げられて、実家を没落させられて、追放される事になるのでしょう」
「最近、そういう内容の小説を読んだような・・・」
カサンドラが翻訳した鳳陽国の小説は、数名の令嬢が回し読みをした後にアルノルトの所まで回ってくる。アルノルトに回るのは一番最後、それがカサンドラの王子に対する扱いだった。
「この小説もやはり学園ものなのか?」
目の前の到底読むことが出来ない小説を見下ろしながら問いかけると、
「その小説は皇宮で繰り広げられる恋愛物語なんですの。皇帝と底抜けに明るくて朗らかな給仕の女との間で繰り広げられる物語であり、悪役令嬢と呼ばれた婚約者が、最後には没落、追放の憂き目に遭います」
カサンドラはそう答えて、小さくため息を吐き出した。
「カサンドラ、つまりお前は、私が、婚約者が居るのにも関わらず浮気を繰り返すようなクズであり、国の事も考えず、自分の欲求のままにお前を排除し、ついでとばかりにアルペンハイム侯爵家を潰すようなクソ野郎だと言いたいわけか?」
王子の怒りの声に一切怯える様子もなく、カサンドラはオホホホホと笑いだす。
「殿下!あくまで恋愛小説の内容ではございませんか!」
「だがしかし、お前はその恋愛小説に私をカッチリ当てはめようとしているように見えるのだが?」
「そういう事が言いたいんじゃないんです!」
カサンドラは目の前のケーキにフォークを入れながら言い出した。
「私が言いたいのは、小説のように殿下も自由で良いのではないかという事ですの」
「はあ?」
「一旦は私が殿下の婚約者となりましたけど、私たちまだ十歳ですのよ?こんな子供のうちに死ぬまで一緒にいる相手を強制的に決められるなんて悲劇ですわよね?」
アルノルト王子もまた、目の前のケーキにフォークを入れた。
国王や王妃、重臣達の意見が優先された上で、アルノルトの結婚相手は決められた。
確かに、カサンドラについて問いかけられた事はあったが、
「別に嫌いではない」
と言っただけだ。
別に嫌いではない=別に好きというわけでもないという意味に通じる。
そんな相手を勝手に一生の伴侶に決められたわけだ、正直に言えば不満がないわけではない。だからこそ、カサンドラの意見は心の奥底に響いたわけだ。
「戦争中というわけでもなく平和な世の中が続いている中で、私達がどうしても結婚しなくちゃいけないなんて理由もないではありませんか。ただ単に、一番都合が良かったから私が今の所、殿下の婚約者になっただけ。これらの小説のように、殿下の都合によって婚約者が変わるって事もあると思いますの」
カサンドラは優美な仕草で紅茶に口をつける。
「もしかしたら王家派が無視できないくらい力をつけるかもしれない、もしかしたら貴族派が起死回生の一手を打つかもしれない。今は私が婚約者となり、妃教育を王宮で受ける事になりますけど、コンスタンツェ嬢やカロリーネ嬢には、私が受けた教育を私自身がお教えいたします。急に婚約者が変更となり、白羽の矢が立って大変になるのは選ばれた令嬢ですからね?そこの所のフォローはお任せください!」
カサンドラの中では、絶対に自分が王子妃になる事はないという、確固たるイメージが出来上がっているのだろう。
「私たちは十五歳となったら王立学院に三年間通う事となります、その時には恋愛小説のような出会いが殿下に訪れる事があるかもしれません」
恋愛小説をベースに今後のカサンドラの予定は決定しているらしい。
「殿下が例え平民の少女、傲慢で粘着気質で気が強くて、全く自分の気が休まらない自分の婚約者とは真逆の明るく楽しい朗らか少女を選んだとしても、私はアルペンハイム家の力全てを使って後押し致しますわ」
カサンドラの頭の中では、学園に通い出したアルノルトは、頭のネジがゆるい朗らか少女に恋をして、真実の愛だと言って連日侍らすことになっているようだ。
「ね!今は私が婚約者ですけど、殿下はこの先、自分の結婚相手を選り取りみどり!素晴らしいことではないですか!」
カサンドラは花開くように笑いながら、
「だから私を国外へ追放までは良いとしても、実家没落だけはおやめください。私たちアルペンハイム家は全力を持って、殿下の恋を応援します!」
と言い出したのだった。
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