第13話

 アルノルト王子の婚約者となったカサンドラは頭を抱えていた。

「想像出来ませんでしたわ・・こんな展開、想像出来るわけがないじゃありませんか」


 学園を一時閉鎖にまで追い込む事になったのは『麻薬』が原因だった。

 この麻薬はオピという花の実から抽出される果汁を乾燥させたもので、依存性が高く、常用すると慢性の中毒症状を引き起こす。海賊の資金源にもなっている為、王国としても摘発に力を入れているところだった。


「クラルヴァイン経由で我が国へも密輸されている状態な上、かなり有力な貴族が麻薬の密売に絡んでいるという事だったから、近々、うちの国でも厳重に抗議を入れるところだったんだよ」


 そんな事を言い出したのが、モラヴィア侯国の第三王子であるドラホスラフで、

「うちに流れてくる麻薬は安価で質の悪いものばかりだった上に、まずは鉱山労働者たちの間に広がるような事もあった為、クラルヴァイン王国は我が国の鉱山を手に入れる為に、まずは麻薬を広める手に出たんじゃないかなんて話も出ているくらいだったんだよ」

王子が困り果てた様子で言い出した為、

「本当にご迷惑をかけてすみません!」

と、婚約者のカロリーネが半分泣きながら謝り出した。


 貿易で財を成した新興貴族であるアイスナー伯爵家は、海賊に便宜を図る見返りに、積み荷を奪われる事なく、安全に航海する事が出来る約束手形のようなものを手に入れた。


この手形があれば、海賊が多く出没する海域も安全に航行する事が出来るのだが、手形を手に入れるのに大金を支払う事になるし、手形の利用は海賊を容認するという事にもなってしまうため、クラルヴァイン王国ではこの手形を使う貴族はほとんどいない。


 アイスナー家は多額の資金を提供などはせず、金品の代わりに麻薬の密輸に関わるようになったらしく、ここ数年の羽振りの良さは麻薬の密売で手に入れた金による物らしい。


 オピの麻薬はごく少量でも依存度が高い。

 気の弱そうな生徒や、学園生活にストレスを感じているような生徒たちに、

「リラックス効果があるから」

と言って配って歩いていたのがごく少量の麻薬を含んだ飴であり、不安から逃れるために飴を欲した生徒はクラリッサの言う事なら何でもきくような状態となっていた。


『クラリッサ・アイスナーは真の悪女だ』


 自分以外で誰が悪役令嬢となるのに相応しいかと考えたら、熱狂的な取り巻きも多いクラリッサ・アイスナーこそが相応しいと考えていたカサンドラではあったものの、誘拐を計画するわ、外国に売り飛ばそうとするわ、校内で麻薬の売買を始めているわで、クラリッサは『悪役令嬢』を飛び越えて『真の悪女』となってしまったらしい。


「真の悪女が現れてしまったら、悪役令嬢である私の影なんて薄くなる一方じゃない!これはこれで由々しき問題だわ!」 


 十歳の時に王子の婚約者となった日から『悪役令嬢』になるための覚悟をしつつ、婚約破棄を宣言された後の身の振り方を、何年も考えてきたカサンドラにとって、突然現れた『真の悪女』に全てを持って行かれてしまったような気分に陥った。


「そんな冗談はさておいて、お怪我とかしませんでしたの?私は義妹(・・)であるカサンドラ様の事を心から心配しておりましたのよ?」

 兄の婚約者となったコンスタンツェが義妹(・・)の部分を強調しながら言い出した。


 麻薬が海賊の資金源になっていたのは有名な話で、アイスナー伯爵の事件から悪名高き海賊の捕縛に成功するきっかけとなった事もあり、カサンドラの兄であるセレドニオは海賊退治の方で大きな活躍を見せたらしい。


「我が国の海軍を動かすと仰々しい事になるから、海の警邏を任せるという事で新しい部隊を編成する事になったんだよ」


 カサンドラの前に手製の弁当を置いたアルノルトは、コンスタンツェに微笑みを浮かべながら言い出した。

「セレドニオは海洋警邏統括に任命される事になったからね、バルフェット侯爵家に婿入りする為の箔付にはちょうど良いんじゃないのかな?」


「きゃあ!当家に婿入りするための箔付だなんて!嬉しいですわ!」


 ランチの席には、カロリーネとその婚約者となるドラホスラフ王子、カサンドラの兄嫁となる予定のコンスタンツェとカサンドラ、そしてカサンドラの婚約者となるアルノルト王子が座っている。そのアルノルト王子の隣には側近のクラウスが座っており、

「王子、今度、もしも何かを始める時には、私を必ず連れて行ってください」

と、不服そうな声をあげている。


 学園に通う生徒の中でも最高位に就くであろうと高位身分のグループを遠目に見る者の中に、クラリッサ・アイスナーのような嫉妬の眼差しを送るような者は居ない。


 王子の恋人となり、結婚をして妃となろうと願った令嬢が破滅した。


 その令嬢自身に問題があったのは間違いないけれど、その破滅の仕方があまりにも暴力的であり、救いようのないものであったが為に、物語のような王子との恋を願う乙女たちが消えてしまったのは間違いのない事実で、


「今までは私がいても殿下にラブな視線を送ってくる生徒が山ほど居たというのに、何故、ゼロになってしまったのかしら?」

カサンドラの疑問に答える者は誰も居なかった。


 誘拐された婚約者を助ける為とはいえ、王子が淑女の命とも言える顔をナイフで切りつけ、あらゆるものを漏らした状態で失神した乙女をそのまま放置したという事を知らない生徒は学園には居ない。


 王子と真実の愛で結ばれるという素晴らしい展開を迎えられれば良いけれど、下手をすればナイフで切り刻まれるかもしれないという恐怖が先に立って、

「カサンドラ様のような素晴らしい婚約者が居るというのに、アルノルト殿下がよそ見をするはずがございませんわ〜」

なんて事を言い出す貴族令嬢が続出し、

「いやいやいやいや!よそ見するでしょう?真実の愛を見つけるでしょう?ねえ?ねえ?殿下!見つけるって言って!」

卒業式には婚約破棄をする気まんまんのカサンドラは焦りに焦り始めたのだった。


 カサンドラの誘拐事件は生徒たちの記憶に残る事となり、一年次を終えて、二年次となった後も、アルノルトは遠目で眺めて楽しむ鑑賞物となるだけであって、自分こそが婚約者になってやろうなどと言い出すような、血気盛んな令嬢が現れる事はなかった。



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