第12話
海外との貿易が盛んなクラルヴァイン王国を最近悩ませているのが麻薬の密輸。オピという花の実から抽出される果汁を乾燥させたもので、依存性が高く、常用すると慢性の中毒症状を引き起こす。海賊の資金源にもなっている為、王国としても摘発に力を入れている為、港湾地区には厳重な警備が敷かれているのだった。
貿易で成功をしているアイスナー伯爵もまた港湾地区に倉庫群を持つ貴族であり、区画ごとに整備をされている事から当たりをつけやすい。それに、丁度、警邏の人間が怪しい馬車の行方を追っていたという事もあって、カサンドラが誘拐された倉庫はすぐに発見する事が出来たのだった。
アルノルトはカサンドラが救出されるまでは外で待つようにと言われていた。だがしかし、突撃後、倉庫の中で暴れる男たちを見るに従い、じっとなんてして居られなくなってしまったのだ。
アイスナー伯爵が自分の娘を王子妃にしようと考えているのなら、婚約者であるカサンドラは邪魔者以外の何者でもない。待っているこの時間に、暴漢どもにカサンドラは胸を突き刺されて殺されているかもしれないのだ。
人の隙間を縫って潜り込んだアルノルトは、一番奥にある扉に突進し、扉を施錠する南京錠をナイフの柄で叩き落とし、扉を押し開きながら部屋の中へと一歩踏み出した。
バリバリバリッと音を立てて床を踏み抜いた状態で、ハッと気がついた時には柔らかい何かが自分の首元にしがみついてきた。
「ごめん!ごめん!ごめん!足動かさないで!絶対に足を動かさないで!無理に引き抜いたら木材が足に刺さるようになっているから!ストップ!ストップ!ストップ!」
淑女らしさをかなぐり捨てたカサンドラが自分の首に巻き付きながら懇願するので、床に足がはまったままの状態で、アルノルトは柔らかい彼女の体をギュッと抱きしめた。
「大丈夫だった?襲われてない?」
「大丈夫、まだ自分の首を突き刺していないもの」
王子妃候補は狙われやすく、命の危険にも晒されやすい。教育の中には護身術も含まれているけれど、最後の時には純潔を散らされる前に、死を選ぶよう教育を受けている。
純潔を奪われれば瑕疵となり、脅迫のネタにされる事もある。王宮に深く入りこむ事になる候補者は、子種を他から持ち込まないように、幼い時から徹底的に教え込まれるのだった。
颯爽と助け出せれば良かったものの、まんまとカサンドラの罠に嵌って足を動かせない状態に陥っている。
「かっこわる・・・」
アルノルトが密かに落ち込んでいると、カサンドラは開いたドアから差し込む光を頼りに、小型のナイフで足の周りの板を外そうと試みている。
「卒業式で断罪だと思い込んでいたのに、ここで王族を傷つけた罪で断罪を喰らう事になったらたまったものじゃないわ!なるべく足を傷つけないように、板を外していくしかない!」
その手つきが危なっかすぎるため、アルノルトは悲鳴に近い声をあげた。
「やめろ!やめろ!やめろ!足にナイフが突き刺さる!」
「だったら!どうしろって言うのよ!」
カサンドラは悪の手から救い出された喜びと、王族を傷つけたかもしれない恐怖心でパニックとなり、大声をあげて泣き出した。
結局、護衛の兵士たちにアルノルトは助け出される事になったのだが、王宮に帰って国王陛下からものすごく怒られた。
学園内で伯爵令嬢を拉致し、顔を切り付け、あらゆるものを漏らして失神した令嬢をそのまま放置したのは不味かったが、そのおかげもあって早急にカサンドラを助け出す事が出来たし、誘拐犯を一網打尽にする事が出来たのだ。
カサンドラは古い床板にナイフで切れ目を幾つも入れて、部屋に入って来た人物が床を踏み抜くように細工を施していたのだが、その床下から大量の麻薬が発見される事となり、アイスナー伯爵はその日のうちに捕縛される事となったのだ。
カサンドラを誘い出したのは伯爵が懇意にしている商会の娘であり、学園の生徒ではなかった。この商会を通して麻薬の売買に手を染めていたという事も後に明るみとなって、一大麻薬組織が潰される結果となったのだった。
アルノルトの妃の座を狙っていたクラリッサ・アイスナーは、自分の手駒となる貴族を増やすために、学園内で麻薬の売買にも手を出していたらしい。気が弱く、学園での生活に疲れていたような生徒たちは、それが麻薬だとは知らずに手を出していた。依存度の高い麻薬をその後も手に入れるために、クラリッサの言う事なら何でも聞くような生徒も居たという。
外部の生徒に制服を貸した生徒も麻薬の被害者であるし、探せば探すほど、隠れた中毒患者が出てくるような状況に陥ったため、学園は一時、閉鎖され、官吏による捜査が行われたという。
麻薬によって中毒症状を引き起こした生徒は貴族派だけでなく王家派の生徒もかなりの数に登り、もしも、カサンドラの排除に成功したクラリッサ・アイスナーが王子の婚約者となっていたら、などという『たられば』を考えた者は誰しもゾッとするような肌寒さを感じたという。
本当に誘拐される事になってしまったカサンドラと、婚約者を助け出すために動いたアルノルト王子は教師から評価を受ける事になったのだが、
「私!80点!」
カサンドラは喜びの声をあげ、
「40点か・・・」
アルノルトは不満の声をあげた。
色々とストレスが溜まると肉に走るアルノルトは、今日はテラスに鳳陽国から輸入した七輪を持ち出して、カサンドラと一緒に焼肉をしていたのだが、
「王子はあまりにやり過ぎた・・・しかも自ら勝手に突入し、床板を踏み抜いて身動き取れなくなるとは恥ずかしいだとさ・・・」
暗い顔で肉を焼いてはタレにつけて、口の中へと運んでいく。
今焼いているのは牛のコブに当たる部分の肉で、一頭あたり数キロしか取れない絶品高級肉となる。鳳陽国から伝授を受けた特製ダレをつけて食べると、嫌なことは何もかも忘れてしまう。
いわゆる現実逃避というやつかもしれない。
「麻薬撲滅のための一歩を殿下自らが踏み出したという事でいいのでは?」
「その一歩で床を踏み抜いたけどな」
カサンドラは形の良い眉をハの字に開き、困り果てたような眼差しをアルノルトに向けると、
「でも、私は嬉しかったですわ」
と言って白飯の上に肉を乗せた。
「喉を突き刺す前に助け出してくれたじゃないですか」
王子の婚約者は王家所有のもの、誰かのものになる位なら死を選べ。
どうせ卒業式のパーティーで断罪を受けて婚約解消する未来が決まっているというのに、今、現在は間違いなく婚約者なので、場合によっては死ななければならないのだ。
理不尽だよな〜と思いながらも、大分過激な事もしながら最短で助け出してくれたのはこの目の前の王子なのは確かな事なので、
「私が目をかけて育てたお肉は王子にプレゼントしてあげますよ」
と言って、丁度食べ頃となった肉をアルノルトの持つ皿の上に移すと、彼はパクリと口の中に放り込み、
「最短を狙ったら減点されたけどな」
と言って、空いた網の上に用意しておいた生肉を並べ出したのだった。
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