第11話

 倉庫の奥にある使われていない事務所のような一室に運び込まれたカサンドラは、自分の両手が後ろに回された状態で縛り付けられ、両足が縄で縛り上げらられている状態で床に転がされていた。


 一応、十歳の時から王子の(名ばかり)婚約者となっている為、毒や薬の耐性はついている。カサンドラの頭の中では、断罪を受けて国外追放になる自分の未来は決定している事なので、毒に耐性がついていた方が、後々生きやすいかもしれないと考えて、苦しい試練を乗り越えた。


 カサンドラは麻酔薬を嗅がされる事になったものの、意識を失ったのはいっ時の事であり、馬車に乗せ込まれ、縄で縛り上げられる時には目を覚ましていたのだった。


 だから、王子妃教育で習った通り、後から縄が外れやすいようにするために、親指と親指が横につくような形で手首を縛られたし、武器などを持っていないか改められた時にも、失神したふりをして一切の抵抗をしなかった。


 スカートの中まで手を突っ込まれる事はなかったが、お尻をテロリと撫でられた時点で、ああ、これは実施試験ではないんだなと思ったし、港湾地区の倉庫に運び込まれた時には、本当にまずい状況に陥っている事に気がついた。


 身代金目的であれば命の保障もあるだろうけれど、王子の婚約者であるカサンドラの排除を目的とした誘拐であれば命の保障などまるでない。


 殺して今すぐ海に捨てるのであれば、倉庫に運び込まれた時点で陵辱される未来一択になる、怖い。だけど、だけど、王都からまだ出ていない状態でそんな事する?最近は密輸入に対する目が厳しくなっているという事もあって、港湾の警備が厳しくなっているって聞いたもの。


「お楽しみは船に移動してからだな」


 カサンドラを担いで運んできた男はそう言いながらカサンドラの体を放り投げ、扉を乱暴に閉めると施錠をかける音が室内に響き渡った。

 船に移動、つまり海外に運ばれた後で、売られる一択状態にカサンドラは大きなため息を吐き出した。


「とりあえず、今すぐ大勢の男たちに襲い掛かられるという事態に陥らなかっただけ良かったと思わなくちゃ」


 埃まみれの床は至る所軋んで、床板自体が外れかけている場所が幾つか見られた。使われていない倉庫か何かだろうか?


「とにかく、慌てない・・慌てない・・・」


 学園での学生生活が始まるとなると、多くの人間が出入りできる環境だけに、高貴な身分の生徒の誘拐などが稀にある。


 王族の関係者は誘拐される対象としてまず挙げられる事にもなる為、誘拐された時にはどうすれば良いのかという講習を受けているし、近々、実地試験を受ける予定でいた。まさか本当に誘拐される事になるとは思わなかったけれど、やる事はとりあえず決まっている。


 親指の横を密着させた状態で縛られていると、手首を縦に動かしやすくなる。手首を縦にくるりと回すと、縄に緩みが発生する。この縄の緩みを利用して手首を動かしながら縄を外す事に成功をしたら、下着に仕込んだ小型のナイフを取り出して、足首の縄を切断する。


「ふーーーーっ」


 手足が自由になった時点で周囲を改めて見まわしたカサンドラは、窓ひとつないこの部屋の出入り口は一つだけであり、部屋の中には椅子や机の類は一切置いていない事を確認する。

 物が置いてあれば扉の前に移動してバリケードを作る事も可能だけれど、何もないのなら何もないなりに動かなければならないだろう。


 古びた倉庫なだけに、少し移動しただけで床がギシギシ音を立てる。

 施錠された木製の扉の前、足一歩分を踏み出した場所の前まで来ると、カサンドラはナイフを片手にその場にしゃがみ込んだのだった。


 そうして準備は完了し、扉が開いて誰かが部屋の中に入って来るのを待ち構える。

 大勢の男が部屋にやってくるようであれば、カサンドラの負けだ。

 陵辱を受ける前に小型のナイフで首を突いて自害するしかない。


 もしも、カサンドラを確認するために一人の男が部屋の中に入ってくるとするのなら、カサンドラにも勝機が見えてくる。

 窓がひとつもないため、部屋の中は暗闇の中に沈んでいた。

 暗闇が濃く沈んでいるように見える部屋の隅に移動すると、両手でナイフを持ちながらひたすら息を殺して待ち構える。


 自分の心臓がドキドキと高鳴る中、どれくらいの時間が経過しただろう?

 数時間は経過しているように思えるし、数十分程度しか経過していないようにも感じてしまう。


 場合によっては一人くらいは殺してしまう事もあるかもしれない。

 ナイフを持つ手が汗で濡れて、はしたないとは思いながらも、何度も制服のスカートで手の平を拭きながら待ち続けていると、ついに扉の施錠を外す音が響き渡り、扉が内側へと開いて、眩しいほどの光が外から入り込んでくる。


 光を背に負っているので、入って来た人間の顔は良く見えない。男が部屋に一歩踏み込むと、カサンドラが細工した床に足を踏み下ろし、バリバリバリと音を立てながら男は床板を踏み抜いたのだった。


 さっと立ち上がったカサンドラは、足が床板にはまった男へと一瞬で飛び付いたのだった。

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