第7話

 妖精のように儚げな美人顔のカロリーネ嬢、外見だけを見れば夢見る乙女にしか見えないというのに、彼女の中身は夢なんか見ない現実主義者だ。


 十歳の時にアルノルト王子の婚約者になれるかもポジションを獲得したカロリーネだったが、実家が投資でポカをやって、家の勢い的にも資産状況的にもパッとしない状態に陥った。

 このままでいけば、貴族派筆頭の立場すらどうなるかも分からないし、そもそもの所、どうひっくり返っても王子の伴侶に選ばれる事もないだろう。


 自国の王子の伴侶は難しいとしても、他国だったらどうだろう?

 カサンドラの配慮で王子の公務に顔を出す機会も作られているため、カロリーネはアルノルト王子には一切媚を売らずに、他国の優良物件探しに邁進する事になったのだった。


 そこで見つけたのがドラホスラフ殿下、モラヴィア侯国の第三王子である。鳳陽国から製紙技術を導入する事になったクラヴァイン王国は、林業を生業とするモラヴィア侯国から格安で木材を購入するために、新たに交渉の場を設ける事となったのだが、その交渉の場に現れた、素朴にしか見えない殿下にカロリーネはターゲットを絞る事にしたのだった。


 アルノルト王子の妃となれば後の王妃になるのは決定したのも同じ事なので、カロリーネとしては気が重いし、対立派閥の事を考えると頭が痛い。

 だがしかし、隣国の第三王子であれば、対立派閥の事は一切考える必要はないし、第三王子の妃だったら王族の責務なんてものはあってないようなものと言ってもいいだろう。


 アルノルト王子のような派手さはないし、カリスマ性もないとは思うけれど、それがいい、そこがいいのだ。とにかく真面目で誠実な性格であり、地味な見た目も相まってよそ見もしないだろうし、浮気をする心配も減るというものなのだ。


「絶対逃しはしませんわ!」


 ドラホスラフ殿下とカロリーネの婚約が決まるのは早かった。

 貴族派としては、隣国の王子に娶られるという慶事に文句を言いだす人間もおらず、衰退気味のエンゲルベルト侯爵家としては、隣国との縁が出来る事を両手を挙げて喜んだ。


 また、長年頭を悩ませてきた自然災害についての防止策を献言したカロリーネの存在を隣国の貴族一同は感謝を持って迎え入れてくれた上に、クラヴァイン王国としても良い形で交渉を進めることが出来たので、全方位的に皆が満足する結果を導き出したのだった。


「カサンドラ様、今までお導き頂き有難うございました。ドラホスラフ殿下もクラヴァイン王立学園への留学を決めた為、私どもは共に学び、学園卒業後に結婚する事が決まりましたの。これも全て、カサンドラ様のおかげです」


 妃教育を終えた後もお茶会を続けて来た三人の令嬢だったのだが、王立学園入学前の時点で、アルノルト王子の婚約者候補の座から一人の令嬢が外れる事になったのだ。


「見かけによらず現実主義の貴女だもの、絶対に、良い男を見つけて引っ掛けて一番最初に花嫁候補から離脱する事になると思っておりましたわ!」


 カサンドラは優美な仕草で紅茶を一口飲むと、呆れ果てた様子で隣に座るもう一人の令嬢、コンスタンツェ・バルフュットを見つめた。


 先ほどからコンスタンツェは二人の会話にも加わらず、浮かれた調子でため息ばかりを吐き出しているのだった。

 それというのも、

「コンスタンツェ嬢、今日は妹のお茶会に参加しているというので声をかけさせてもらってすまないな」

 颯爽と歩いてくるのはカサンドラの兄であるセレドニオで、彼は綺麗に洗ったハンカチをコンスタンツェの前に差し出しながら笑顔を浮かべる。


「この前借りたハンカチを返したいと思っていたんだ。今まで自分がかく汗なんかどうでも良いと思っていたのだが、貴女に言われて気がついた。確かに汗が冷えると風邪をひきやすくなるものだな」


「まあ!セレドニオ様!もしかしてあの激しい訓練の後に、お風邪を召されてしまったのですか?」

「いや、ひきそうになるのも分かるなあと気がついただけだ」

「それではご病気になった訳ではありませんのね?」

「バカは風邪なんか引かないと思うのですがね」


 小声で呟くカサンドラの言葉など全く耳に入っていない様子で、顔を真っ赤にしたコンスタンツェは、洗ったハンカチを受け取りながら、今度は新しいハンカチをセレドニオに対してプレゼントしている。 


 それじゃあ、お返しに何かプレゼントしなくちゃいけないなと言い出すセレドニオに、プレゼントの代わりに一緒に街に出かけて欲しいと訴えるコンスタンツェ。


 翡翠色の瞳に紺碧の髪色をもつコンスタンツェは凛とした美しさを持つ美少女であり、現実しか私は見ませんのよ!という顔立ちをしている割には、中身が夢見る少女で出来ている。二年ほど前に参加した狩猟会で、転びそうになった所をセレドニオに助けられてからというもの、彼に夢中になっているのだった。


 何せ相手はカサンドラの兄である、会うための用事というものは幾らでも作る事が出来るのだ。そうして妹のようなポジションに納まったコンスタンツェの、少女から乙女へと羽化する姿を目の当たりにする事となったセレドニオは、本物の妹であるカサンドラ以上にコンスタンツェに対して声をかけるようになっていた。


 そもそもコンスタンツェはバルフュット侯爵家の一人娘であり、入婿を迎えて侯爵家を継ぐのが本筋となる所を、王子妃への望みを捨てきれない父親によって王子の婚約者候補の座に据え置かれているような状態なのだ。


 父は一人娘を嫁に出した後は一族から有能な者を養子として迎える事を考えていたのだが、適当な人物がなかなか見当たらない。

 そこに来てここ最近、バルフュット侯爵領には海賊被害が増えており、王国軍からの援軍も頼んで海賊討伐に乗り出したところ、そこで頭一つ抜けて活躍したのがセレドニオであり、大きな港湾を持つアルペンハイム家の操船技術の高さが明るみとなったのだった。


「セレドニオ様、今度我が家で食事をどうかとお父様も仰っておりますの」

「バルフュット家の魚料理は最高だからな!楽しみだ!」


 セレドニオは中立派であるアルペンハイム侯爵家の嫡男ではないため、バルフュット家に婿入りしたとしても何の問題もない。最近では一人娘を手放すのが惜しいと感じてきている侯爵としては、有能な婿を侯爵家に引き入れる事も視野に入れて動き始めているらしい。


「婚約者候補が二人も学園入学前に消えてしまうだなんて、やっぱり本筋通り、私が学園内で断罪を受ける事になるのかもしれないわね」


 二人の未来は明るいだろうが、カサンドラのお先は真っ暗になったようだ。

あわよくば、二人のうちのどちらかに『悪役令嬢』の地位を譲り渡そうと思っていたというのに、二人とも早々に結婚相手を決めているのだから、アルノルト王子に嫉妬をするわけもない。


「はーーーーーっ」


 カサンドラはため息をつきながらも、兄がバルフュット侯爵家に婿入りする事になったとしたら、自分が断罪を受けた時に王家派が助けてくれるかもしれないし、もしも国外追放となった時には、カロリーネが嫁ぐ予定のモラヴィア侯国が助けてくれるかもしれないと前向きに考える事にした。

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