第8話

 クラルヴァイン王立学園は8代前の国王が下位身分の貴族にも同等の教育を行う事が出来るようにという願いから設立された学園であり、王国の貴族に籍を置く者は学園の入学を義務付けられている。

 優秀な平民または富裕層の入学も認められているが、貴族の生徒数に応じて平民の入学者数が変動するようになっている。

 要するに生まれる年度によって貴族の子供の数は違ってくるため、一定の生徒数を確保するために平民の入学を認めているのだった。


 アルノルト王子が生まれた年には、王子の出産に合わせて子作りに励む貴族が多かったという事もあり、王子の入学の年には通常よりも二倍の生徒を学園は受け入れる事となった。

 親としては王子の側近候補として身近に仕えられる事が出来れば御の字。学生時代に特別な生徒として王子の記憶に残る事が出来れば、王子と近い存在となれば一族の繁栄にも繋がると考える人間も多いため、入学してきた生徒たちのプレッシャーも相当なものとなっていただろう。


 カサンドラが王立学園に入学する頃にはクラルヴァイン王国内で鳳陽国の恋愛小説が一大ブームとなっていた事もあり、王子との恋に憧れる少女たちが量産されていた。

 しかも、入学前に二大派閥とトップと言われる二つの侯爵家、アルノルト王子の婚約者の候補としても名前があがっていた令嬢たちの婚約が決定したという事もあり、伯爵家以下の令嬢たちが興奮の渦に飲み込まれたのは間違いない。


 二つの派閥を抑えるためという目的もありながら、アルノルトの婚約者であるカサンドラ自らが、

「私は自分がかりそめの婚約者であると理解しています。殿下には本当に愛する人と結ばれて欲しい、そしてお二人の後押しが出来ればと思っていますの」

と、公言している事もあり、王子に気に入られる事があれば、今は婚約者であるカサンドラもすぐに辞退を申し出てくれるのではないかと期待する。


 学園にはアルノルトの側近であるクラウスも同時に入学しているのだが、護衛の任も兼ねている彼は連日押し寄せる令嬢たちの大きな波に飲まれて窒息寸前となっていた。

 そうして何も考えずに学園への登校を開始したアルノルトは、令嬢たちのアプローチに辟易とし、早速、悪役令嬢(婚約者)を召喚する事にしたのだった。


 王子妃教育のために王宮を訪問していたカサンドラがアルノルトに呼び出されるのはいつもの事。

 彼は鳳陽国との国交樹立以降、料理に目覚めた料理男子であり、彼の国の料理を再現する事を目標とし、いつでも味見係としてカサンドラを呼び出すのだった。

 二年ほど前、実際にアルノルトと共に鳳陽国を訪問しているカサンドラは彼の国の料理を実際に食しているし、鳳陽小説をクラルヴァイン王国で出版するために、小説の作者や出版社と契約を結んでいる。


 そうして、アルノルトが自分の結婚相手を身分の差別なく探せるようにと、下剋上こそ恋愛の最高のスパイスとでもいうような恋愛小説を多数出版した事により、現在、アルノルトは大変な目に遭っているのだった。


「まあ殿下!今日は珍しくお肉料理じゃないのですね!」


 王子自らが用意したのは『愛玉子(オーギョーチー)』鳳陽国の皇妃も好んで食べるという美肌食材であり、お呼ばれしたカサンドラは王子の本気度を感じた。


 テラスに用意された席についたカサンドラは、ツルツルとした喉越しでさっぱりとした味わいのデザートを楽しみながら、ここ数日ですっかりやつれてしまったアルノルトの金色に輝く瞳を見つめた。


 クラルヴァインの王族はキッチンに良く立つ、建国の王も料理が趣味だったというのは有名な話であり、この国の王族は料理を作る事に生きがいを感じるような所がある。

 アルノルトの父である国王陛下はデザートを作るのが趣味であり、

「絶対に私に食べさせるから、若い頃と比べると見る影もなく太ってしまったわ!」

というのが王妃の口癖でもある。


 若さ漲る男子としては甘ったるい菓子よりも『肉』らしく、アルノルトは肉料理にこだわりを見せているのだが、カサンドラに何かをお願いする時には必ずデザートを用意する。

 そのデザートのレベルによって王子の本気度がわかる所でもある。


「もしかして殿下は、私に悪役令嬢となって有象無象とやってくる令嬢たちの撃退するようにお願いしたいとか?」

「なんでわかるんだ!」


 アルノルトは興奮の声を上げたが、十歳から婚約をして五年、ほぼ毎日顔を突き合わせていたら、ツーと言えばカーと言う、気心が知れた仲となるのも仕方がない事だろう。


「お前は学園に入学したら選び放題、青春し放題だから楽しみですね!なんて言っていたが、猛獣の檻の中に入れられただけじゃないか!何処か楽しみなんだ!恐怖しか感じられないぞ!」


 普段は王宮という特殊な環境で生活をし、移動の際には近衛兵や護衛の兵士に囲まれているこの国の王子が一生徒として王立学園で学生生活を送るわけだ。

 触りたいし話したい、なんならちょっとくらい抱きついてみたいと誰しも思うものだろう。


「この前、王子の髪の毛が一本100ミルで売られておりましたわ」

「は?」

「殿下の銀髪、お席の近くに落ちていたのでしょうね?」

「はあ?」

「多くの人が買い求められたので、最後は抽選になったそうですのよ?お金になるのなら、私も売ってみようかしら・・・」


 カサンドラの紅玉の瞳にじっと頭部を見つめられたアルノルトは、

「やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!」

と、悲鳴に近い声をあげた。

「だったら私も、カサンドラの抜け毛を売って歩くぞ!」

「私の髪?」

「密かなファンが山のようにいるからな、きっと一本千ミルでも購入するだろうって奴を知っている。きっと舐めるのかな、それとも口に含むのかな、それとも・・・」

「ヒィイイイイイイイ」


 柄にもなくひきつけを起こしたような声をあげて後に仰け反ったカサンドラは、ハッとした様子で元の姿勢に戻ると、

「とにかく学生のうちにお金での売買なんていけない事ですわ!学園長に厳重に抗議いたしましょう!」

と、口元をハンカチで隠しながらすまし顔で言い出した。


「ともかく、私は学業の為に学園に通っている。だから、猛獣どもの相手をする謂れはないものと考えている。猛獣の排除に関しては奥の手を使っても良いが、令嬢たちがそれで婚期を逃すような事になっても忍びない。だからこそカサンドラ、お前に何とかして欲しいんだ」


「私任せ?ハッ!全く、いつでも私頼りなのもどうかと思いますわよ」

「いつもじゃない!たまにだ!たまに!それに、苦労をかける見返りとしてお前の昼食は俺が毎日用意してやろう」

「はあ?私、お友達と学食で食べるつもりなのですけど?」


 貴族が通う学園には高級シェフも顔負けの料理が多数用意される。安価な値段で美味しいものを食す事が出来るのだが、何処かの国のように、王族専用の食堂だとか、高位貴族専用の食堂などは存在しない。

 学生は皆平等と謳われているため、食堂に特別席は存在しない。ゆえに、アルノルトはランチの度に大人数に囲まれながら居心地の悪い思いをする事になるのだった。


「カルビ弁当」

「はい?」

「焼肉弁当」

「はあ?」

「お前は女だから野菜マシマシにして、美容と肉にこだわった弁当を拵えてやろう」

「王子が美容?そんな事を考えられるんですか?」

「私は美玉子(オーギョーチー)を用意できる男だぞ!」


 美玉子(オーギョーチー)は皇妃も愛する美容食である、それをこのレベルで用意できる王子の可能性は無限大かもしれない。

「それにな、あえて言わせてもらうが、学園のランチに白飯は出ないんだ」

「・・・・!」


 カサンドラにとって白米、それは夢と憧れの食材。自領でも米の栽培に力を入れているのだが、どうしてもパサパサとした食感の味わいが薄い米になってしまうのだ。

 ちなみに王宮にある白米は鳳陽国から輸入した本物の白米であるため、ふっくらもっちり、味わい深い白飯となるのだった。


「それじゃあ王子、この書類にサインをしてください」

 カサンドラは侍女から受け取った書類をアルノルトの目の前に差し出した。


 それは悪役令嬢としての役割は王子の要求によって行うことであり、その行いを断罪の材料にしたり、卒業パーティーで罪を着せて破滅に追いやる事には利用しないなど明記した契約書となっており、

「は〜ーっ・・・相変わらず妄想が酷い・・・」

と、言いながらも、渋々王子はサインをしてくれたのだった。

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