第29話

 昼過ぎに侍女に揺りおこされたカサンドラは、真っ赤な顔で小刻みに震え出した。


「申し訳ありません、もう少し寝かせてあげたかったのですが、王妃様がお呼びです」

「・・・・!」


 侍女の言葉で一気に覚醒する。王妃が呼んでいる、それはお叱りを受けることを意味しているのに違いない。


 クラルヴァイン王国はそれほど純潔を重要とは思っていないところもある為、結婚まで清い体で居る必要もないし、王族に嫁ぐのであれば、初めてを捧げる相手が伴侶となる相手であれば、別に結婚前に事に及んだとしても問題にはならない。


 実際、今の王妃も結婚式を挙げる時には、お腹の中にアルノルトが居るような状態だった為、後継を作ることが重要とされるクラルヴァイン王家としては、出来ちゃった結婚は国民が大喜びする慶事でもある。


「まあ!まあ!まあ!もうちょっと休ませてあげたかったのだけど、初めての日は王妃が声掛けをするのが慣わしになるものだから、無粋だと思っても我慢して頂戴ねー〜!」


 王妃のサロンに呼ばれたカサンドラは、真っ赤な顔を自分の両手で覆った。


「汚れたシーツとか持って行かれて恥ずかしかったでしょう?その気持ち良く分かるわ!だけどそれが伝統というものだから、ごめんなさいね」


「いえ・・その・・とんでもありません・・・」

 真っ赤な顔のまま、カサンドラはお茶の席についた。


「うちの息子は待てが出来る男だとは思っていたのだけれど、カサンドラちゃんについてはもう不安で、不安で仕方がなかったみたいなの。カサンドラちゃんの手腕を見込んで、他国の王子が妃にと望んでいるなんて話はカサンドラちゃんも良く聞いていたでしょう?」


 いえ、聞いた事ないですけど・・・


「それに、アルマ公国から帰って来たアルノルトを見て、ああ、今日、遂にカサンドラちゃんに手を出すつもりなのだわと理解したのよ。国王陛下も隣国との国境の小競り合いで勝利して帰って来たその日に私に手を出したのですもの。本当に、親子って似るものなのね〜」


 昨日のうちに王妃様は気がついていたんですか?一言言って貰えれば有り難かったんですけど〜とカサンドラは思った。


「あの、王妃様、私、殿下は私以外の人と結婚した方が幸せになれるものと思っていたのです」

「鳳陽小説の影響ね!」


 王妃様はおかしそうに笑い出す。


「カサンドラちゃんは自分が悪役令嬢だと思い込んだのでしょう?だけど、やる事なす事、全然悪役がする事じゃないのだもの。貴女、鳳陽国から輸入しているハンドクリームを私だけでなく、侍女やメイドにも無料で配って歩いていたでしょう?そんな事をしたら、カサンドラちゃんの支持率が上がっちゃうだけじゃない!もし、アルノルトが他のお嬢さんをお嫁さんに選んだ暁には、王宮の使用人がストライキを起こすところだったわよ!」


「そんな、ストライキなんて・・・」


「まずはじめに、王宮の厨房がストライキを起こすわね!何せ、カサンドラちゃんのお陰で貴重なスパイスが安く仕入れられるのですもの。まず、第一に怒り出すのはあそこだと思うわね」

「そんな、そんな、私程度の替えはいくらでもいるかと思います」


「アルノルトはカサンドラちゃんが誘拐された時には、レディの頬をナイフで切り刻んだし、カサンドラちゃんが仕込まれた剃刀で傷ついただけで、他国に喧嘩をふっかけに行っちゃうのよ?」


 考えてみれば、過激で恐ろしい王子である。


「それに、自分の作った料理を食べさせる女の子はカサンドラちゃんだけ、カサンドラちゃんも建国王の話は聞いた事があるでしょう?」


「我が国の建国王が料理好きだったという話ですか?」


「料理好きは有名な話だけど、王族の男が手作りの料理を女性に振る舞う行為自体が、彼ら独自の求愛行動になるのよ」

「は?」


「クラルヴァイン王国の王族に政略結婚は通じない。それは代々王家に語り継がれている事なのだけれど、手作りの何かを食べさせる行為が見られない場合は、例え婚約者の立場にいる女性であっても降ろされる事になるの。これはアルノルトも知らない秘密なのよ!」

「ええええー〜!」


 王子も知らないとなると、王族の餌付け行為はごく一部しか知らない事になる。


「幸いな事に、問題となるほどの身分差が生じた餌付け行為というものは発生しないみたいなの。王族が餌付けをする、つまりはその王族がその相手を真実愛する事を意味しているため、周りは異を唱えるなんて事はしないのよ」


「そ・・そ・・そうなのですねー〜」


 カサンドラは、アルノルトが学園で明るく楽しい女子生徒と運命の出会いをして、あっさりと婚約者であるカサンドラを捨てるものだと妄想していたのだが、王宮ではカサンドラは王子の妃という事で完全に認められていた事になる。


 アルノルトが料理男子になったのは、カサンドラと婚約してまもなくの事だったと思うし、いつでも味見役として活躍していたのがカサンドラだったのだ。


「アルノルトはお肉料理に目覚めたみたいだけど、陛下はデザートに目覚めたデザート男子だったので、私も本当に大変だったのよ!陛下手作りのデザートは美味しいし、食べたいのだけれど、食べた分だけ太るの繰り返しで、一度は泣いて喧嘩をした事もあるもの!」


 何でも、先王の場合はスープ作りにハマったらしく、王妃は毎日、手作りスープを食べていたというのも有名な話らしい。


「アルノルトは肉料理とデザートの二刀流でしょう?カサンドラちゃんは苦労すると思うけど、よろしくねー〜―」


 よろしくと言われても、どうよろしくすれば良いのだろうか?

 頭を抱えながらカサンドラが私室へと戻ると、アルノルトから今日の晩餐は部屋で、二人きりで取ることになったと伝えられた。


 真ん中に寝室を置いて、左右に王太子、王太子妃の部屋がある。王太子の部屋は広く、執務も出来るし、そこで食事をとる事も問題なく出来る。


 準備をして待っていたカサンドラは、次々運ばれてくる肉料理と、最後にテーブルの上に鎮座したクリームたっぷりの手作りケーキを見て、思わず唾を飲み込んだ。


 カサンドラは目の前の席に座ったアルノルトに対して問いかけた。

「あの・・殿下?これってまさか、全て、殿下の手作りでは・・・?」

「そうなんだ!一応、二人の記念日かなーと思って、ケーキも作ってみたんだ!」


 甘い物が苦手なアルノルトが作ったケーキはフルーツたっぷりの絶品ケーキで、肉料理の後にデザートまで満喫したカサンドラの頭の中に『肥満』の二文字が浮かび上がる。


「殿下、こんな食生活を続けていたら、すぐ様、子豚ちゃんになってしまいますわ!」

 カサンドラが慌てながら訴えると、

「この後、運動をすれば問題ないだろう?」

と、エスコートするように手を差し出しながらアルノルトは言い出した。


「う・・運動ですか?」

「そう、運動みたいな物でしょう?」


 ちょっと・・私・・まだ腰が若干痛いんですけどーー〜!と、思いながらもカサンドラに拒否は出来ない。


 寝室へと移動しながら、頭の中に王妃様の顔が浮かぶ。

「頑張っていってらっしゃ〜い!」

 頭の中の王妃様は、満面の笑顔でカサンドラに向かって手を振っていた。

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