第5話
クラルヴァイン王国は新大陸に植民地を持っているのだが、植民地としたその地域には豊富な鉱物に恵まれていたらしく、地道に地質調査を続けていた結果、金の鉱脈を発見するに至ったのだった。
栄華を誇る鳳陽王国の王族を飾りつけるのはやはり黄金、アクセサリーだけでなく、家具や建具などにも黄金を使う風潮にあるため、黄金は幾らあっても足りないものと考える。そんな鳳陽国の国内にある金鉱山がいくつか閉山となってしまったため、他国からの輸入も考えなければならない事態に追い込まれてしまったのだった。
そこで名乗りを上げたのがクラルヴァイン王国であり、格安で金を輸出する代わりに鳳陽国の製紙技術の供与を約束させた。
以降、翻訳された鳳陽国の小説がクラルヴァイン王国内で格安の値段となって販売される事となった為、王国内は一大小説ブームとなったのだ。
昔は人の手で書き写していたという事もあって、庶民にとって本とは高額すぎて手が届かないものとなっていた。だがしかし、活版印刷というものが鳳陽国から取り入れられる事となった為、本の値段はあっという間に安くなった。
「わあ!新作が出ているわ!」
ピンクブロンドの髪の毛をリボンで結い上げていたハイデマリーは、喜びの声を上げながら一冊の本を手に取った。
ハイデマリーが手に取ったのは恋愛小説で、学園で出会った貴族の男子生徒と平民の女子生徒が、困難を乗り越えながらカップルになったその後の物語が続刊として発売される事になったのだ。
ハイデマリーは十七歳、フエヒト子爵家に侍女として働いていた母が身籠り、生まれたのがハイデマリーとなる。今まで母一人子一人で、下町で生活を続けていた。体が弱い母は田舎に住む弟一家の所へ移住する事となり、ハイデマリーはフエヒト子爵に引き取られる事になったのだ。
子爵家では子宝に恵まれなかった為、子爵が結婚前に作った子供であるハイデマリーを引き取る事を決意したようで、春からハイデマリーは貴族が通う事になる王立学園で学ぶ事が決定していた。
元々、男爵家の娘だった母に勉強を教えてもらっていたし、子爵家に移動してからはマナーの学び直しもしたので、学園に対しての不安はそれほどでもない。
ただ、ハイデマリーが通う学年にはアルノルト王子も学んでいるため、期待ばかりが大きくなってしまうのだった。
購入した小説を読み進めたハイデマリーは、悪役令嬢を退けてようやっと幸せになった二人が、更なる邪魔者(男性主人公の親が勝手に決めた新たなる婚約者)の登場により、仕方なく一度は別れながら、数年後に再会して、愛を募らせながら、最後には無事に結婚式を行う。二人が幸せな最後を迎えるまでを読んで、ハイデマリーは深い安堵のため息を吐き出したのだった。
「あああ!やっぱりサンドラ様翻訳の小説は最高だわ!」
鳳陽言語は全く違った言語形態をしているだけに、鳳陽小説の翻訳家は数が少ない。翻訳する人間の力量次第で話の面白さがガラリと変わっていくので、翻訳家には微細な表現力が必要となるのだった。
翻訳家の名前は色々と目にはするけれど、ハイデマリーが最も好きなのはサンドラが翻訳した小説本となる。クラルヴァイン王国では、恋愛小説を翻訳するのにサンドラの右に出る者はいないとも言われていた。
「サンドラ様翻訳の本のように!私も学園で素敵な恋が見つけられれば良いのだけど!」
小説本を胸に抱きしめながらベッドに横になったハイデマリーは、ホッと小さなため息を吐き出した。
小説の中に出てくるヒロインは全員、高位身分の貴族でもないし金持ちでもない。お金は無くとも、健気で明るい気性の女性ばかりで、宝石やドレスにしか興味がない令嬢に辟易としていたヒーローは、ヒロインの純朴な優しさにメロメロになってしまうのだ。
「下町に居る時は、街で一番の美人だって言われた事もあるし、お金自体は持っていないかもしれないけれど、私は料理も出来るし、裁縫だって得意だわ!ギスギスした人達に囲まれて物凄く疲れている王子様の癒しにだってなれるはずよ!」
アルノルト王子は勝手にギスギスした人達に囲まれて、物凄く疲れている人に認定されてしまったらしい。
「手作りお菓子とか差し入れしたらどうだろう?お話の中でも、あれで一気に距離が縮まったものね!」
鳳陽小説の所為で、お菓子作りに励む貴族令嬢がやたらと増えている事をハイデマリーは知らない。
その頃、アルノルト王子はというと、船で自国へと帰る事になった鳳陽国の外交官を港まで見送りに来ており、
「今回のチャーシューは我ながら上手に出来たと思うんだよね、やっぱり八角を使ったのが良かったみたいだよ」
と、船に向かって手を振りながら横にいるカサンドラに囁いている。
鳳陽国との交流を深めているうちに立派な料理男子となってしまったアルノルト王子は十七歳、後一年で学園を卒業する事になるため、学業だけでなく公務でも忙しい合間に、肉料理の研究を続けている。
「じゃあ今日はラーメンにいたしましょう、お兄様が王宮にいるはずだから刀で麺を切ってもらいましょう。私はチャーシュー盛り盛りラーメンを所望いたしますわ!」
料理については完全に他人任せとなっているカサンドラが、船に向かって手を振りながら答えていた。
アルノルト王子との婚約は継続中、カサンドラは鳳陽国担当の外交官のような立場となっており、鳳陽小説の普及にはだいぶ目処が立ってきた事から、次は麺類の普及を目指そうと考えている。
王立学園は貴族だけでなく、優秀な平民の生徒も通う事が出来るため、鳳陽小説の普及によって学園の生徒たちに夢を見させて、アルノルト王子の妃となるヒロイン発掘に勤しんでいるのだが、今はまだ、納得がいくヒロインには出会えていない。
「塩か醤油か・・それが問題だ・・・」
王子がスープの味で悩んでいると、
「私は今回、新たに手に入れた味噌味に挑戦したいと思っていますのよ!」
と、カサンドラは胸を張って答えたのだった。
「味噌・・・それがあったか・・・」
「味噌・・バター・・コーン・・ネギマシマシ・・もやしマシマシ・・」
とりあえず、新たなる輸入品によって、クラルヴァイン王国の食の文化が開花する事になるのは間違いようのない事実だと言える。
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