第15話

 王子妃教育をやめたカサンドラには自由な時間が出来た為、コンスタンツェやカロリーネとのお茶会をする時間がとても増えた。


 王子妃教育をやめると言っても特に周りも何も言わなかったし、

「いいのよ、カサンドラちゃんには他にも学ぶべき事は沢山あるのだから!」

王妃様も微笑みながらそう言ってくれた。


 王宮まで学びに行く必要がなくなったカサンドラは、アルマ公国から仕入れてきたアルマ小説の翻訳に取り掛かり、アルマ恋愛小説(男性の下剋上物語、なんやかんやあって姫を手に入れる)の出版に取り掛かっている間に、あっという間に三年生となってしまった。


 アルマ小説では姫(ヒロイン)はただ待つだけ、平民男(ヒーロー)の冒険活劇的なものが九割を占める関係で、読者層は男性、しかも平民や下級貴族が多く、全十巻である『ハッサンと姫の恋』は飛ぶように売れた。


 カサンドラとしては女性向けとして発売したつもりだったのだが、暴力(アクション)シーンの多さが女性には耐えられなかったらしい。


 ハッサンは平民だからとにかく暴力を振るわれる、物凄く虐げられるのだが、そこから不屈の精神で這い上がり、最後には今まで自分を虐めてきた輩を這いつくばらせて『ざまあ』をする辺りが、鬱屈した市民層にウケたらしい。


 ちなみにハッサンは作中、かなりの頻度で『カレー』なるものを作るのだが、アルノルト王子はこの『カレー』作りにのめり込むようにしてハマったのだった。

 料理男子として邁進する王子の姿を見ながら、カサンドラとしてはため息をつかない日はない。


 一年の時に起きた誘拐事件を皮切りに、遠くから見守る一択を取る事になった学園の女子生徒たちとの素敵な出会いなど起こる事もなく、二年生となってからも、昨年の不祥事を知っている後輩たちもまた、眺める一択となっていた為に、直接的な交流自体が起こらない。


 そうして王子が料理にのめり込んでいる間に三年生となり、最終学年を終えて卒業をしたら二人の結婚についての話が進められる事になってしまうのだ。


「カサンドラ様はウェディングドレス、どのようなデザインを選ばれましたの?」

 ドラホスラフ王子の婚約者であるカロリーネが、期待に満ちた眼差しでカサンドラの方を伺っている。


「私もこの度、モラヴィア王国へと赴きまして、結婚の儀をどのような形で行うかという話を進める事になりましたの。ドラホスラフ様は第三王子というお立場もありますから、常識の範囲内といった規模の式となるのですけれど、アルノルト様は第一王子ですし、学園を卒業と共に王太子として発布をするという事ですものね?次の王と王妃となるお二人の式ですもの、それは大規模なものになるのではないでしょうか?」


「ええー〜っと」


 カサンドラは形の良い眉をハの字に広げて、憂いを含んだ眼差しとなってカロリーネの新緑の瞳を見つめた。


「カサンドラ様のドレスは宝石の粒を降り注ぐようにしてあしらった、マーメイドラインの素晴らしいドレスなのですわ!」


 隣に座るコンスタンツェがはしゃいだ声を上げる。


「私のウェディングドレスはプリンセスラインの物にいたしましたの。ほら、私って身長がそれほど高くないので、可愛らしいドレスの方が良いとセレドニオ様がおっしゃってくださって」


「お二人は最新の流行を取り入れたドレスに致しますのね?私は古式ゆかしいロコール式のドレスなのです。モラヴィア侯国では王家の花嫁の衣装は形が決まっているという事なのです」

「まあ!ロコール式というと何重にも手製のレースをあしらった素晴らしいドレスじゃありませんか!」


「歴代の王妃、王子妃が着る事になるデザインとなるため、お針子たちの意気込みも凄いのですわ!」


 カロリーネとコンスタンツェのはしゃいだ声を聞きながら、こっそりとカサンドラはため息を吐き出した。


 二年生の夏の長期休暇を終えた後、二人の会話は一気にアダルトなものへと変化していき、


「我が家の晩餐にセレドニオ様がいらっしゃった際に、あまりに星空が綺麗な夜でしたので、夜の庭園を二人で少しだけ歩く事にしたのです。もちろん、私付きの侍女が後ろからついて歩いてはおりましたが、距離も少し離れていましたし、木の陰に入って私たちが視界から少しだけ隠れる形となりましたの。そうしましたら、私を抱き寄せたセレドニオ様が私の唇をお奪いになって・・重ねるだけじゃないのです・・ああ・・私・・大人の階段を一歩、一歩、登っているのですわね」


兄のいらない恋愛事情を兄の婚約者であるコンスタンツェから惚気られ、


「ドラホスラフ様も意外に情熱的な方なのです。星祭の夜に、私の元までいらっしゃったドラホスラフ様は豪商の娘が着るような衣装まで準備してくださって、二人で変装をした状態でお祭りを楽しむ事になりましたの。もちろん護衛の兵士もひっそりと私たちの後をついて来てはいたのですが、まるで二人だけで楽しんでいるような感覚で、その・・・あの・・私も、打ち上がる花火を見ながらドラホスラフ様とキスしましたの!」


キャッ!とはしゃいだ声をだすカロリーネは、ドラホスラフ王子と良好な関係が築けているらしい。


冬を越えて春となれば、翌年以降に行われる予定の結婚式に向けて、話は華やいだものへとなっていく。


「カサンドラ様は、その後のアルノルト様との進展は?」

 最近、二人はこんな事ばかりを聞いてくる。

「キスはされましたの?抱きしめられたりされませんの?」


 好奇心に満ちた眼差しで見つめてくる、幸せオーラ満載の二人を見て、

「キス?抱きしめる?そんなアクション、悪役令嬢に発生すると思いますの?」

顔を顰めながらカサンドラは呆れた声を上げたのだった。


 貴族が通う学園という事もあって、小国の王族の庭園という程度には学園の庭も整備をされている。

 三人が好んで使うのは薔薇園の隣に位置する小さなガゼボで、いつでも専属の侍女たちが三人のためのお茶会を準備してくれるのだった。


 カサンドラはクラルヴァイン王国の第一王子の婚約者、カロリーネはモラヴィア侯国の第三王子の婚約者。コンスタンツェは王家派筆頭の地位に就くバルフェット侯爵家の令嬢でありアルペンハイム侯爵家の令息となるセレドニオの婿入りが決定している。


 学園のトップスリーといえばこの三人の令嬢に他ならず、それ以外の令嬢となれば塵芥も同じこと。


 三人が紅茶を飲みながら、楽しげに会話を続けていると、

「キャーーーーーッ」

悲鳴をあげた一人の令嬢が、椅子に座っていたカサンドラの真後ろから倒れ込むようにしてのしかかってきたのだった。


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