第18話 吊り下げ

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「ダンジョンコアのせいだ」


 俺は考えられる原因を口にした。


 ダンジョンコア・マスター説ではダンジョンコアこそがダンジョン内の魔物やアイテムの配置を管理しているダンジョンマスターそのものであると言われていた。


 ダンジョンコアがダンジョン内の魔物を管理しているなら、当然、スタンピードの魔物の発生もダンジョンコアが管理をしているはずである。


 仮説ではダンジョン内に魔物を配置するにあたってダンジョンマスターは異次元や異世界といった別の空間、もしくはこの世界の別の場所からダンジョンの内部へ配置する魔物を転移させているのだと考えられている。


 したがって、スタンピードは極大規模の転移現象だ。


 ダンジョンコアが、どこかからとめどなく地下六階へモンスターを転移させ続けているため何らかの干渉を受けて同一系統の呪文である『帰還』のスクロールが発動しなかった。


 俺が辿りついたのは、そのような原因だ。


 だとすれば、『帰還』のスクロールを発動させるためにはダンジョンコアを何とかしさえすれば良い。


 何とかとは要するに破壊だ。


 そのためにはスタンピードの激流を遡って地下六階にあるダンジョンコアの元まで辿り着かなければならなかった。


 俺ならば落ちずに魔物の上を駆け抜けることができるが、ああ・・には不可能だ。


 ああ・・には、ここで待っていてもらうしかないだろう。


 俺は巻物を素早く丸めるとリュックサックに仕舞い込んだ。


 代わりに苦無くないとハンマを取り出す。


 苦無は主に土を掘ったりくさびとして使う忍者道具だ。


 俺が使っている苦無は両刃の平らなシャベルのような形である。


 暗器として隠し持つ場合もあるので大きさは掌と袖で隠せる十センチほどだ。


 柄の端にロープを通す穴があるので楔として壁に打ち込み穴にロープを通して人間と結べば命綱として落下の危険なく壁を上り下りしたり位置を固定できる。


 俺は苦無を壁に刺した短剣の脇のブロックの接合部の隙間にハンマで打ち込んだ。


 一本ではなく間隔を開けて四本打ち込む。横一列だ。


「何してるだ?」


 ああ・・が訊いてきた。


 すぐ帰れるなら短剣による仮設吊り下げでも良かったが長くこの場に留まるのであれば、きちんとした吊り下げの設備が必要だ。


 俺は自分の腰に巻いてあるベルトを外した。


 万一の場合に備えて俺はいつもベルトを二本巻いていた。


 一本は普通にズボンのベルト。


 もう一本は吊り下げ用の安全帯としても使えるロープを通したりフックを掛けるための周囲を金属で補強された穴が複数あるベルトだ。


 外したのは安全帯のほうである。


「ちゃんとした吊り下げ設備をつくる。これをつけろ」


 俺は、ああ・・に指示をだしてベルトを渡した。


 ベルトは裸猿人族ヒューマン用の標準サイズだ。


 俺には長いが、ああ・・には短い。


 俺は一番狭くした場合のベルトの穴を使っていたが、ああ・・は一番広くした場合の穴を使って、ぎりぎり届いた。


 ああ・・がベルトを着けている間に俺は苦無のそれぞれの柄の穴にロープを通していく。現在、短剣に巻き付けている物とは、また別のロープだ。


 苦無の穴に通したロープを、ああ・・のベルトの腰の左右と腹の前にあるロープ用に開けられた穴に結び付けた。


 要するにロープは、苦無、ベルト左、苦無、ベルト前、苦無、ベルト右、苦無の順に通されて結ばれている。


 ああ・・に短剣から手を放させて左右のロープを握らせた。


 ああ・・の体は四本の苦無で吊り下げられることになったため今までよりも遥かに安定した。理屈では苦無一本でも十分、ああ・・の体重を吊り下げられる強度があるはずだ。


 単純にロープをベルトと苦無の穴に通すだけだと、どこかでロープが切れた場合、ロープが一気に穴から抜けて、ああ・・は落ちる羽目になる。


 そうならないよう一度ロープを、ああ・・の腹の前にも結んでいるため、万一、どこかでロープが切れても二本の苦無と体の左右のどちらかのロープは無事なはずだ。落ちずにロープを結びなおせる。


「ちょっと肩を借りるぞ」


 ああ・・は左右の足で壁を押し左右のロープで壁に吊られた体勢だ。


 俺は自分を支えているロープから抜けだすと、ああ・・の肩の上に立った。


 壁に刺した短剣が俺の目の前に来る。


 ああ・・は苦無と別のロープで吊り下げたため短剣と短剣に巻き付けたロープは、もう不要だ。


 俺は二本の短剣に巻き付けてあるロープを解いて回収するとリュックサックにしまった。


 次いで短剣の一本を壁から抜いた。


 俺は腰から鞘を外して短剣を納めた。


「何かあったら、これを使うんだ」


 ああ・・の肩の上で身をかがめて俺は短剣を、ああ・・に渡した。


「ポチはどうするだ?」


 ああ・・が不安そうな声を上げた。


「『帰還』の巻物を使うためにはダンジョンコアの破壊が必要だ。ああ・・は、ここで待っていてくれ。ちょっと行ってくる」


 俺は、ちょっとそこまで忘れ物を取りに行く、といった軽い口調で、ああ・・に伝えた。


「駄目だ」


 ああ・・が叫んだ。


 同時に、ああ・・は俺の足を掴もうと手を動かした。


 けれども、俺はもう一本の短剣の柄を掴むと俺の足を掴もうとする、ああ・・の手の動きを逃れて両足で壁を思いきり蹴飛ばしていた。


 壁から短剣が抜け俺の体は、ああ・・の背中側に背面方向に回転しながら落下した。


 俺は真下にいた狒々羆の背中に降りた。


「すぐ戻る」


 俺は右手に短剣を握ったまま大きな魔物の背中から背中へ飛び移った。


「気をつけるだよぉ」


 ああ・・の声が俺の背中を追いかけてきた。

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