第19話 声

               20


 初めて降りた地下六階は暗闇だった。


 壁の明かりは地下五階までしか灯されていない。


 俺は目に見える適所に『ゆら』を放って視覚を確保した。


 適所とは要するに魔物の毛だ。


 足元や前方で犇めく魔物の毛に手当たり次第、『ゆら』で着火する。


 一瞬ちりりと毛が焦げて臭いにおいを発揮するだけだが、その時、燃える毛玉の明かりで俺は視界を確保した。


 もともと闇に生きる忍者だったので暗がりは苦手ではない。


 僅かな明かりさえあれば十分進めた。


 地下六階の構造は分かりやすい。


 地下六階へ降りた階段から、まっすぐ前方へ一本の通路が伸びているだけだった。


 通路の左右には等間隔に扉が並んでいる。


 すべての扉が今は打ち壊され通路から中へ入り込もうと魔物の群れが犇めいていた。


 扉は通路側へ開く仕組みだ。


 そのため魔物たちは扉を開かずに力づくで打ち壊して室内に入っていた。


 だが、それ以上の魔物が前方の通路から俺が降りた階段に向かって突進してきている。


 押し合い、へし合い、乗り越え合い、潰し合い、の状況だ。


 俺は俺の足の下にいる魔物の上を駆け、こちらに向かって突進してくる魔物の群れの上も駆け、飛んでくる魔物は『ゆら』で回避させながら、ひたすら前方に向かった。


 駆けながら左右の扉の中にも『ゆら』を着火させ、ちらりと覗くが中でも魔物が犇めいているだけだった。


 入ったきり、次々、後から押してくる魔物に潰されていくので生きて出られる魔物はいないだろう。


 俺は魔物の頭上、天井との間にわずかに残された隙間を、ほぼ四つ足の体勢で駆け抜けた。小柄な犬人族コボルトでなければ不可能だっただろう。


 前方の魔物の群れは左右の扉に入ろうとする者こそいたが俺と同じ方向に進もうとする者はいなかった。


 皆、向こうからこちらへ来るだけだ。


 要するにスタンピードの発生源は、すべての魔物の背後にある方向、俺が向かっている先だということだ。


 左右合わせて百近い扉を俺は超えた。


 この階が、もともと何のために使われた空間であったかは分からないが一つだけ確かなことがある。


 左右はおまけ・・・で、とにかく先へ進めという構造であることだ。


 俺は、ひたすら先へ進んだ。


 突き当りに、こちらに向かって開ききった観音開きの巨大な扉があった。


 そこだけは扉が壊されていない。


 扉の向こうから通路であるこちら側に向けて押し開かれたため破壊を免れていた。


 床から天井までの高さ約五メートル目一杯の大きさの扉だ。


 開いた扉の向こう側から魔物の群れが流れ出している。


 恐らく発生源は、ここだ。


 俺は扉を抜けて奥の部屋へ飛び込んだ。


 飛び込んだ瞬間、室内各所に『ゆら』を放つ。


 着火の炎に浮かび上がったのは縦横高さおよそ二十メートルの立方体型のホールだった。


 俺は部屋の中央付近にいた狒々羆に何度か集中的に『ゆら』を放って確実に魔物の毛に着火させた。


 狒々羆が松明代わりの火だるまとなって周囲を照らし出す。


 ホールの天井の高さが通路の天井よりはるかに高いが大分長い距離をまっすぐ進んだので、この空間の上にさっきまでいた地下五階は重なっていないだろう。それより外だ。


 地下五階から地下四階、地下三階をぶち抜く落とし穴はあったが地下五階と地下六階がつながった吹き抜けは、ああ・・と地下五階を歩いていた間に俺は見ていない。


 もちろんホール内にも魔物の群れが犇めいているので、俺は、ぴょんぴょん、魔物の背から背へ飛び移りながら室内を見渡した。


 天井が高くなった分、動きやすい。


 ホールの中央に赤黒い太い柱が立っていた。


 違う。


 柱でなくくきだ。


 ああ・・より大きい巨大な赤黒い色をした卵型の物体がホールの中央の床面から生えていた。


 その卵の頭頂部から卵より少し細い一本の柱のようなものが伸びていた。


 赤黒い色をした生肉のような質感の柱だ。


 柱の天辺、ホールの天井付近に花が咲いていた。


 だから、柱ではなく茎だ。


 花には乾いた血のような赤黒い色をした肉厚のひだ状の花びらが無数にある。


 さながら卵形の球根から茎が伸びて磯巾着イソギンチャクの花が咲いたようだった。


 茎と花だけで葉はない。


 花の直径は五メートル程あった。


 花は、雄しべ、雌しべがあるはずの中央部分に口があり、まるで嘔吐をするみたいに口から魔物を吐き出していた。


 魔物は約二十メートルの高さから地面に落ちるが下に別の魔物がいるためクッションとなり怪我はしていない。


 もちろん最初に生まれた何匹かは落ちて怪我をし、次から次へと上から落ちてくる別の魔物に潰されて下敷きになっているのだろう。


 落ちた魔物は起きあがるやホールの出口から駆けだそうと犇めく魔物の中に混ざっていく。


 茎の中を魔物が吸い上げられていく様子が動きで見て取れた。


 球根から茎のストローで吸いだしている様な景色である。


「こいつか」


 俺は目の前の花がスタンピードの発生源であると見て取った。


 通常であればダンジョンコアは血の色をした宝石に例えられる。


 多分、目の前の花の根元に当たる部分が、いわゆるダンジョンコアだ。


 宝石ではなく卵型の球根だった。


 もとから花であったのではなくスタンピードに合わせて球根から茎と花が生えたと考えるべきだろう。 


 ギルドで見た、このダンジョンのダンジョンコアの記録に花や茎の話は残されていなかった。


 隠されていたスタンピード年の冊子を見れば何か記録があったのかも知れない。


 球根から茎を通って天辺の花に開いた口から魔物が吐き出されている。


 どう考えても、それだけの数の魔物が球根内に納まっているはずがないから、どこかから球根の内側に転移させられ吸いだされているのだろう。


 もっと深い地の底から根に吸われ球根を通って、さらに吸い上げられているわけではなさそうだ。


 なぜコアがそのような変化を遂げているかわからない。


 いずれにしてもダンジョンコアを破壊すれば転移は終わり、俺とああ・・は帰還の巻物が使えるようになるはずだ。


 俺はコア直前にいる狒々羆の背に飛び移り短剣を抜いた。


首絶ちクリティカル


 俺はクリティカルでダンジョンコアを狙った。球根を真っ二つにしようとする動きだ。


 首絶ちクリティカルは当たれば一撃必殺で相手の首を跳ね飛ばす。


 俺が持つ最高の物理技だ。


 瞬間、コアから生えていた茎が鞭のようにしなって花の部分でコアを庇った。


 クリティカルは花びら一枚にすら傷つけられなかった。


 花がさながら口を開けて威嚇する魔物のようにコアの前に留まり俺に向き直った。


『邪魔をするな!』


 同時に俺の頭の中に声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る