第6話 犬扱い

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 藁束の上で、すっかり、ああ・・に抱き枕にされた状態で夜を過ごした。


 色っぽいような話は何もない。


 だが、人肌の温かさだけはよくわかった。


 まだ、夜が明ける前に、ああ・・は起き出した。


 もぞもぞと動き出した、ああ・・に気が付いて俺は声をかけた。


「早いな」


「働かざる者食うべからずだよ。ポチは、まだ寝てていいだ」


「そうさせてもらう」


 ああ・・は出て行き、しばらくたってから戻って来た。


 何か一仕事してきたのだろう。


 既に夜は明けていた。


「ごはんにするだ」


 俺は寝床から起き出した。


 ああ・・は手桶を二つ持っていた。


「ポチの分ももらってきただ」


 手桶を床に置き、ああ・・は、どすんと地べたに座った。


 手桶には冷えた残飯と匙が入っていた。


 昨夜のギルド食堂の残飯だろう。誰かの食い残しの寄せ集め。要するに生ごみだ。


 実質の奴隷待遇、と言っていた受付嬢の言葉が思い出された。


 ああ・・に与えられている衣食住の、これが食なのだ。


 匙に手を付けようとしない俺に対して、ああ・・が言った。


「食わないだか?」


「朝は食欲がわかないんだ」


 もちろん、嘘だ。


「だから、おっきくならねえだよ」


「かもしれないな」


 ああ・・は俺をどういう存在だと認識しているのだろうか?


 生き別れた愛犬だと思っているらしいのはわかる。


 だが、愛犬と会話ができてしまっている事実は不思議じゃないのだろうか?


 もしかしたら昔、ああ・・は愛犬に一方的に話しかけていたのかも知れない。


 愛犬との空想の会話が、つらい現実からの逃げ場所であったのかも。


 ああ・・にとって現実の過去が忘れたい記憶なのだとしたら愛犬と会話が成立していた空想世界が、ああ・・の記憶の中では思い出す過去にすり替わってしまったのかも知れなかった。


 俺は勝手に、ああ・・の過去を想像した。


 ああ・・は、がつがつと犬の餌のような斬飯を匙ですくって食べ始めた。


 探索者ギルドは、それこそ犬を飼うぐらいの気安さで、ああ・・をギルドに置いているのだ。


 拾ってきた犬に餌として残飯を与える程度の感覚だ。


 犬ならば寝床と餌があれば十分だろう。


 犬扱い。


 突然、俺の中で、ああ・・の境遇に自分が重なった。


 俺はコボルトになって以降、何処へ行っても事情を知らない人々から犬呼ばわりを受けていた。


 ああ・・が受けてきたであろう仕打ちとは多分違うが、人間扱いされない、犬扱いという意味では同じだった。


 ずっと人でなく犬同然に扱われてきた、ああ・・は多分、自分でも自分が何者であるのか、よく分からなくなってしまっているのだ。


 受付嬢が言っていた、教育を受けていないとか、そういうのとは違う気がする。


 一般的な鬼人族オーガの知能程度が低いというのでも、もちろんないだろう。


 ああ・・の残飯が空になった。


「食べないのなら、おら、食べるだよ。働くと、すぐに腹が減るだ」


「どうぞ。ああ・・は働き者だな」


 俺は、ああ・・に、にっこりとした。


「おら、仕事が一杯あるだよ。働かざる者食うべからずだ」


「そうだな」


 俺の中で、ああ・・は同志に位置付けられた。


 言うなれば犬扱いの戦友だ。


 飯が終わると、ああ・・は再び仕事へ向かった。


「いい子で待ってるだよ」


 ああ・・は俺にそう言い残した。


 ちゃんとした宿の予約が、しずらくなった。


 ここにいる間ぐらい世話になろうか。

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