第5話 行水
5
なぜかニヤニヤとしている受付嬢に案内されて俺はギルド裏手にある馬小屋へ移動した。
馬小屋の戸を開けて受付嬢に続いて中に入る。
馬小屋の中は、いくつかの馬房に区切られていた。
最奥の馬房にある藁束の山の上に半オーガ女の、
「ポチ~!」
駆け寄って来た、
抱きしめられてモフモフされる。
「どこ行ってただ? いい子して待ってろと言ったでねぇか!」
怒られた。
受付嬢は、してやったりと、ほくそ笑んでいた。
薪割りをして汗をかいたままなのだろう。
「よせ。はなせ。べたべたする。おまえ、体、洗ってないだろ」
「そうだか?」
「まだ平気だ」
「俺は鼻が利くんだよ」
この馬房の一画が、
奴隷に財産はないので特に荷物らしい荷物はない。
寝藁の山の他は、いくつか服が散らかって落ちているだけだ。
椅子やテーブルもない。
食べて寝て雨をしのぐためだけの空間だ。
食はわからないが衣と住はある。
痩せこけているようには見えないから食も問題ないのだろう。
「
受付嬢が馬小屋を出て行った。
「おら、前みたいに洗ってやるだよ」
俺は、
井戸の前には直径一メートル程の深型のタライが置かれてあった。
洗い物に良し、行水用に良しだ。手桶もある。
「ちょっと待ってるだよ」
その隙に俺がなぜ逃げなかったのかはわからない。
犬なので別段恥ずかしくはない。どうせ本物の俺の体ではない。
素っ裸にされ手桶でバシャッとタライの水をかけられる。
「ひゃ」
俺は水の冷たさに悲鳴を上げた。水浴びは夜にするものではない。
「待て。冷たい。今、お湯にするから」
俺は素早くタライに取りつくと両手を溜められた水の中に突っ込んだ。
「ゆら、ゆら、ゆら、ゆららららら」
両手で繰り返し『ゆら』を放つ。
タライの水が急速に温められてお湯になった。湯気が上がった。
「おお、あったかくなっただよ」
そのまま、
けれども色っぽさも艶っぽさも全く感じられない。
全身ごつごつとした瘡蓋のような傷に覆われていた。
切り傷、裂き傷、咬み傷の成れの果てだ。
古い傷も新しい傷もある。
古い傷が治りきらない内に新しい傷が積み重なったようだった。
さすがに胸や腹といった急所に、ひどい傷跡はなかったが、さりとて綺麗な素肌のままではなかった。傷はある。
熟練の戦闘奴隷もかくやといった全身だ。
手桶でお湯をすくって続けざまに俺にかける。
そのまま掌でごしごしされた。
「きれいきれいしてやるだよぉ」
まったく俺はなすがままだ。
「体中、すごい傷だな」
「たまに魔物にやられるだ」
「治療は受けさせてもらえないのか?」
「そんなの勿体ないだ。おら、頑丈なだけが取り柄だよ。一晩寝ればすぐ治るだ」
さすが
その上にすぐ次の傷が付き、繰り返されて今の姿だ。
幼少期からだろう。
まだ、肉体が成長しきる前にできた傷は手足を引き攣らせて、おそらく可動域も狭まっているはずである。本来の動きができているのかも怪しかった。
奴隷の治療にどこまで金をかけるかは持ち主の判断だ。
奴隷の値段より高価な治療費を使うくらいならば新しい奴隷を買った方がいい。
そのように考える持ち主もいる。
治療をせずに放置をしておき、万一、助かったならば儲けものだ。
まして、
軒先に居ついた野良犬のような存在だ。
治療をせずに死んだとしても、そもそも購入代金はかかっていない。
むしろ、捨てられた子がそこまで食事を得て生きてこられたのは誰のお陰かという話だ。
理屈はそうだ。
わかる。
そうなのだが、俺は、やるせなさと憤りを覚えた。
「交代だ」
俺はタライを飛び出ると、
ちょっと背伸びをして俺は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます