第23話 意趣返し
24
「あいにく俺の魔力は無尽蔵だ」
そう宣言した俺の脳内に笑い声が響いた。
球は俺が強がりを言ったと思ったらしい。
嘲笑までテレパシーで伝える必要はないと思うが。
球への説明が必要なようだ。
「こう見えて俺は人間だ。元の体はお前ら魔族に奪われて魔界にある。けれども、どこかに繋がりが残っていて魔界から魔力を呼び込み放題になっている」
もし『ゆら』以外の魔法を使う才能が俺にあったら歴史に残る大魔法使いだ。
現実は着火しかできない肉体労働者だ。まあ野宿では便利だが。
「両面鏡の四角い板の魔族を知っているか?」
俺は本題を口にした。
会話の最中も俺は魔力玉での集中砲火を忘れていない。
気を抜くと球に逃げられたり反撃される恐れがあった。手数で動きを封じておかないと。
球は俺の魔力玉を全身に受け続けているため球体表面のあらゆる場所に皺ができたり消えたりしていた。水たまりに雨が波紋をつくる様子にも似て見える。
けれども俺が本題を問いかけた瞬間、その皺とは明らかに違う動きを球は見せた。
単純にビクリと分かりやすく身体が動いたのだ。
もしかして俺の体を奪った相手は魔族の間では有名な奴なのか?
「知っているみたいだな」
『し、知らん』
まるで小悪党みたいな返事を球の魔族は俺にした。
魔界から俺たちの世界へやってくるような魔族は所詮、落ちこぼれであるらしい。
そう考えればこの球は小悪党で間違ってないだろう。
球が咄嗟に逃げようという動きを見せたが俺は魔力玉での集中砲火の密度を上げた。
球がどちらへ動こうとしても同じ強度で打ち返した。
その結果、球は固定されたまま動けない。
俺は球への集中砲火は続けたまま歩きだした。
目の前に切り口を見せて倒れているコアから生えた茎の内部を覗き込む。
茎は植物ではなく肉のような質感でできている。
まるで動物だ。皮を剥がれた首のない蛇と思えばそう遠くない。
球が出る際、三メートルまで広がった茎は元の一メートル程の直径に戻っていた。
俺ならば少し頭を屈めれば立って歩ける高さだ。
「この先は魔界に繋がっているのか?」
茎から魔物はもう出ていない。ただ、しゅうしゅうという風だけはまだ続いていた。
地下百階を想像させる淀んだ風だ。それだけ濃い魔素が含まれているのだろう。
「逆を辿れば魔界に行けるか?」
振り返って球に訊いた。
球は俺の言葉を聞いてはいなかった。
『あり得ない。あの方がこちらへなど渡るはずがない。お前と会っているはずがない』
人の頭の中にぶつぶつと呟かないでもらいたい。
「俺が
俺は暗に、自分は小物じゃない魔族ともわたりあえるのだという単純な事実を告げた。具体的には向こうで色々あったわけだが省力する。
「そういうわけで俺の魔力は無尽蔵だ。わかってくれたか?」
魔族が『ひっ』と声を上げた。
現実を認識したらしい。このままだと自分の身がどうなるかも理解できただろう。
最初は直径三メートル程の球であったはずだが、今では一メートル足らずになっていた。
全方位からの魔力玉による圧縮と削りで縮んだのだ。
「あと何発必要だろうな?」
魔力玉一発当たりは非力なコボルトのパンチほどの力しかない。
逆を言えばパンチ一発分のダメージはあるということだ。
ただのパンチ何発相当を放てば球を倒しきることができるだろう。
一発で足りないなら二発。二発で足りないなら十発。十発で足りないなら百発。百発で足りないならば千発。万発。十万発。百万発。千万発。
いずれにしても俺の魔力は無尽蔵だ。あとは時間の問題だけだ。
『やめろ』
魔族がついに弱音を吐いた。
何もできずに、ひたすら魔力を当てられ続けて身が削られていく心境はどんなものだろう?
魔族は強気が本分だ。
物理的手段が効かない精神主体の存在であるため心理的な立ち位置の優劣は、魔族にとって明確な力関係の
心理的なマウントの取り合いそのものが命懸けだ。
強気を保てなくなった時点で敗北の決定だ。
「やめ、
俺は魔族の言葉遣いを正してやった。
お互いの関係性の整理が必要だろう。
魔族の返事を待たずに俺は茎の上に乗った。
俺が乗っても茎はつぶれたりはしなかった。中空の管であるままだ。
ダンジョンコアを守るように渦巻いている茎の上を直線的に歩いて中心に着く。
赤黒い肉塊の様なコアを見下ろした。
コアは心臓の様に脈打っていた。
球根の様なコアの上部から茎が生え、茎は倒れてコアを守るように取り巻いていた。
けれども、見えている部分があるので破壊できる。
破壊すれば『帰還』のスクロールが使えるだろう。
但し、コアを破壊してしまうと魔界との接続も消える。
俺は欲が出ていた。
このまま魔族をうまく従わせることができれば、コアを破壊せずにスタンピードを止め、
完全に二兎を追う者の思考だ。
球もコアの破壊は望まぬはずだ。
球は俺の『
今にも破壊できるぞとコアを見つめたまま俺は球の返事を待った。
長い沈黙の後、俺の頭の中に言葉が響いた。
『やめてください』
球の魔族が屈服した。
良しっ!
その時、部屋の入口のほうから声が飛んだ。
「ポチっ、大丈夫だか!」
コアからの魔物の流出が止んだことで地下五、六階にいた魔物の多くが上階へ上がり、ここまで来られるようになったのだろう。俺を追ってきたのだ。
俺は振り返り、
俺と、
お互いの無事な姿に一瞬、俺たちは安心しあった。
俺は球から気が逸れた。
途端に球から悪意が臭った。
球は、
完全に俺への意趣返しだ。
球は俺ではなく、
位置的に俺にはどうにもできない。
見えない何かが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます